『運命の力』は1861年に書かれた。ヴェルディが1850年代に『リゴレット』『イル・トロヴァトーレ』『椿姫』という文句なしの傑作オペラを書いたのち、晩年の1870年代に偉大な傑作である『アイーダ』『オテロ』が書かれるまでの、中途の期間の作品である。脚本として拠るのは、スペインのロマン派で政治的自由主義者の作家であるリバス公爵の『ドン・アルバーロ または運命の力』。盲目的・非理性的・実現不可能な愛が主題で、主人公の人生は苦しみに満ちたものになり、死が自由となる。筋をまとめること、特に説得力がある仕方でまとめるのは、かなり難しい。これは、私の筆の力の不足もあるけれども、私を含めて現代の日本人に共感しにくい感情がストーリーの基本になっていることが大きい。
その感情は、スペインの名家の「名誉感情」、彼らが侮辱されたと感じた時の執拗な復讐の感情が中心である。男性の主人公のドン・アルバーロは、インカ帝国の王女と自由主義のスペイン貴族の間に生まれた息子だが、身分を隠しているために、スペイン貴族の娘レオノーラとの結婚に反対される。レオノーラの父親の名誉感情が傷つけられたということである。その時にピストルが暴発してレオノーラの父親にあたって死んでしまう。そのため、レオノーラの兄にあたるドン・カルロが、妹を汚した上に父を殺した男に復讐する執拗な感情を持つ。その結果、さまざまな話が展開して、最後はドン・カルロもレオノーラも死ぬというストーリーである。この名誉感情と執拗な復讐の感情が、どうも、それにのめり込めるような仕方でオペラに出てこない。だから、物語の中に吸い込まれるような感覚がないまま観る部分が多かった。
しかし、ドラマの部分を切り離して、音楽と歌だけを取り出すと、いつものヴェルディの名曲が本当に数多くあった。序曲、3幕のテノールとバリトン、4幕のソプラノなど、心に残る名曲である。
もう一つ、小さなニュースだが、新国立劇場がそれぞれの講演向けに発行している冊子が、素晴らしく出来がいい。小畑恒夫「実業家ヴェルディ」や「一柳富美子「19世紀のロシア音楽界」といった、優れた音楽学者による学識に満ちた小文や、佐竹謙一というスペイン文学者による原作の作品の解説など、素晴らしく質が高いし、読み応えがある。数年前に、香山リカを不用意に起用してちょっとミソをつけたが、とても良くなっている。
もう一つニュース。英国ロイヤル・オペラが9月に来日公演をして『マクベス』と『ドン・ジョヴァンニ』を上演する。どちらかを観に行こうかなと思ってチケットの価格をみたら、本当に肝を潰すような額だった。S席が55,000円、A席が48,000円、B席が41,000円で、新国立の同じランクのチケットと比べて、3倍程度の価格で、天文学的に高額なチケットになる。外国のオペラハウスのスタッフとオケと舞台装置をまるごと持ってくるわけだから、それだけで膨大な費用が掛かり、その公演で利益を上げるためには、すべてをチケットの価格に反映させなければならないということだと思う。そして、正直言って、私自身もコヴェント・ガーデンと同じ舞台を観たいという気持ちもないわけでないから、これだけの価格でも払うオペラファンがいるということだろう。誰かが悪いわけではないことは分かっているが、この構造は間違っているから、このチケットは買わないことにした。もともと、とても払えない額でもあるのですが(笑)