Carmichael, Ann G., “Health, Disease, and the Medieval Body”, in Linda Kalof ed., A Cultural History of the Human Body in the Medieval Age (Oxford: Berg, 2010), 39-57.
カーマイケル先生は中世からルネサンスのイタリアの医学史、特にペストと公衆衛生の研究者。研究の確かさ、広がり、深さ、そして独創性は非常に高く評価されている。この論考は身体の歴史の6巻本のうちの、中世を扱った第2巻の一つの章で、健康と病気、特に栄養と感染症を取り上げている。もちろん教科書的な性格を持った章だから、他の学者の研究を参照して書いているが、その熟達した手さばきはカーマイケル先生らしい。
栄養を論ずる過程で、「穀物化」cerealisation と呼ばれている食料の品目の変化と、その背後にあった宗教的な関心、そして穀物を生産するための土地利用と環境の変化、11世紀以降に急速に発達した都市への輸送の問題を論じている。生活、宗教、環境、経済などの広い脈絡の中に、人間身体の歴史を位置づける素晴らしい記述である。疾病の節では、扱われている疾病は、ハンセン病とペストという定番の疾病のほかに、現在ではSaint Anthony’s Fire、中世にはignis sacer と呼ばれた疾病を取り上げているのが非常に興味深い。11世紀から記述されて対応されたこの疾病が、現在の疾病名ではなんであるのかは、まだ確定されていない。16世紀には確実に現れていた麦角病であろうという意見があり、また丹毒だろうとも言われている。どちらも可能である。しかし、この論考はそのような歴史的な診断に向かうのではなく、これを当時の飢饉と結びつけ、一方で聖アントニウスという聖人の守護と結びつけている部分が面白い。この病気についても、授業に導入してみようかなと思う。
ハンセン病について記述する箇所では、それが都市の疾病であったという記述がある一方で、グルメクのパソセノーシス(疾病環境論)の議論を用いて、緩やかに衰退している社会環境で起きやすいということも言っていて、この部分がよく分からない。オリジナルの文献を読んでみよう。また、ハンセン病におけるキリスト教の役割においても、その両義性を強調しており、キリスト教を通じた社会の再設計の志向が患者の隔離と追放の原因となったという側面と、その反対に、キリスト教はハンセン病患者への慈善を強調したという側面の併存を強調している。
ペストの記述は素晴らしい。特に、ペストが起きた時代を単独で捉えるのではなく、14世紀からのヨーロッパの経済と社会がその限界にまで達して飢饉などによって人口が減少するようになった大きな流れの中で論じている。ペストは、確かにそれ自体として独立して巨大な人口減少を引き起こしたが、それは後期中世のヨーロッパが経験していた複雑な危機の一部であり、「外からやってきた」危機ではないという。このあたりは、疾病の歴史を教える時に、ペストという現象自体の社会性を教えるといいという気になってしまいがちなところであり、大いに参考になった。
一番胸を打たれた部分は、黒死病によって人口が減少し、その後も数十年に一度やってきて半年荒れ狂って人口の20%が死んでしまうような状況の中で、都市のエリートはますます富裕になり、一方都市の貧民がペストの影響をより強く受けるようになっていくという状況を記述した部分である。最後の深い絶望と悲しみを宿した文章は英語で引用しよう。
Great wealth insulated the urban and rural elite – they ate more, drank more, treaded more widely, and made merry. We enter the Renaissance.