古病理学と江戸2

必要があって、人骨を利用した古病理学による江戸の都市史研究を読む。文献は、谷畑美帆『江戸八百八町に骨が舞う-人骨から解く病気と社会』(東京:吉川弘文館、2006)

「古病理学」というテクニカルな学問は、なかなか歴史学者が興味を持つような問題につなげるのは難しいらしく、全体に「書きあぐねている」という印象を持った。面白かった史実としては、江戸市中からはこれまでハンセン病と判断される古人骨は出土していないということ。ハンセン病患者が江戸から追放されていたという風にも解釈できるが、私は、結核とハンセン病の交叉免疫の仮説に少し惹かれていて、当時、結核の蔓延をみつつあった江戸においては、ハンセン病は少なくなっていたとも考えられると思う。しかし、地方ではハンセン病患者が「鍋かぶり」葬で発見されているとのこと。

江戸に対応する大都会ということで、著者も留学していたロンドンの歴史についても、古病理学の成果を紹介している。私が知らないことがたくさん書かれていて勉強になったのは事実だが、この部分も含めて、ヨーロッパやロンドンについての歴史的な疫学の記述には、基本的な史実や解釈についての誤った記述があまりに多い。たとえばペスト大流行の要因のひとつだったのが<劣悪な栄養状態と上下水道の不備>であったとか、ロンドンで最初のペストの死者が出たのは1664年だったとか、古病理学者の視点から見ると枝葉末節の点での間違いなのかもしれないが、私たち歴史学者から見ると本質的な点についての間違いである。