アジア太平洋戦争中の精神病の詐病―小説「にせきちがい」(1948)

浜田矯太郎「にせきちがい」『戦争×(と)文学 第11巻 軍隊と人間』(東京:集英社、2012)、 399-445ページ。原作は1948年の『勤労者文学』に掲載。

 

集英社から全30巻で刊行された『戦争×(と)文学』の第11巻『軍隊と人間』に掲載されている短編小説。主題は、アジア・太平洋戦争時の中国における戦線で、初年兵が精神病を詐病して、傷病兵として戦線を免脱するまでの手記である。この作品をこの年になるまで知らなかったのは本当に恥ずかしい。この作品以外にも、戦争と疾病や医学に深く関する作品が多数収められており、柴田練三郎の「仮病記」(1946)も類似の主題である。

 

戦争に行くか行かないか、戦場に残るか留まるかという生死にかかわる問題を左右するのが疾病であり障碍であるという状況。そしてそれを判断するのが、軍事行政のそれぞれの段階に配置された医師(軍医)であるという医学化 (medicalization) の姿。そして兵士から見た軍医は、それまで密接な関係があったわけではなく、まるで一瞬すれちがうかのような出会いと検査の中で生死の分かれ道が決まるかのような<生の軽さ>と言える感覚なのだろうか。

 

作品は1940年近くに初年兵となった兵が、中国での最初の戦争で気を失ったあと、ふと思いついて精神病を詐病して、次々と同僚や衛生兵や軍医たちを「だまして」いって、最後には国府台の精神病院に精神病患者としてもぐりこんで兵役を免除されることができたという話。主人公は甲府で過酷な規律と体罰を受け、そこで頭の壊れた兵たちが、首を吊ったり二回から身を投げたりしたものもいた。そこから大阪を経て青島に行き、そこから前線に出る。最初の銭湯の時に頭痛がして鉄兜を放り出して失神してしまう。気がついた時に、同僚に「福岡、俺がわかるか?」と尋ねられ、その時に分からないふりをして、気が狂ったふりをしようと決意する。この詐病行為は、もしそうであると見破られたら軍法会議で死刑になる可能性もあり、主人公は軍法裁判で死刑にされる夢を見る。しかし、芝居は順調に進み、野戦病院、青島の陸軍病院などの軍医は、基本的には主人公を精神病患者として後方に送るだけである。ついでに、本物の気違いらしい別の兵隊の仲間もできて、彼と一緒に広島の陸軍病院に送られる。ここには本物の軍医もいるし、本当の病気かそらをつかっているのか、すぐに分かる「ごまかしのきかねえ道具」もある。広島で現れたのは、軍医臭いところが少しもない、軍医の服を着ていることを喜んでいない年老いた医者であった。そして、精神病の詐病を見分ける道具とは、電気ショック療法の機械であり、これは電気椅子で処刑される死刑囚のようなショックを感じるし、またそこからよみがえるときには言い難い不快感がある。そのため、主人公はここで正気になった方が良いと思い、「気がついた」ふりをして、早く戦争に戻りたいというようなことを言うが、その軍医が「あなたは神経衰弱だった」と言って国府台に送り、1941年の末には除隊されることになる。しかし、国府台の里見病棟では、精神病の詐病を疑われた兵士が衛生兵に拷問されて死亡するという事件が起きたことも記されている。

 

とても面白い作品である。作家はあまり知られていないらしい。2012年の『すばる』に、この作家とこの作品についての評論が掲載されたとのことなので、まずそれを読もう。