『トスカ』「歌に生き、恋に生き」とイタリア語の時制

新国立劇場が着実に定着している一つのしるしが、最近のプログラムの充実だと思う。毎回、読むのが楽しみな記事が多い。一昔前のプログラムには読みどころがない記事も目立ち、精神科医の香山リカさんが評論風の文章を書いたりしていたのは、申し訳ないけれども、その典型だった。しかし最近は、プロの書き手が専門性を保ちながら、私のような一般のオペラ愛好家が読んで楽しくためになる文章を読む機会が明らかに増えたと思う。

 

今回の『トスカ』のプログラムも、特に面白い記事があった。森田学さんという音楽学者が書いている「歌に生き、恋に生き」の解説で、「<歌に生き、恋に生き>でイタリア語レッスン」という記事である。これはソプラノのアリアでは一、二を争う有名なアリアだが、それをイタリア語の解説から、とくに用いられている動詞の時制から解説するという、非常に面白い視点だった。 イタリア語の遠過去の時制で自らがこうこうであったということを切々と歌った後、現在形で、「神よ、なぜ、いま、あなたは私にこのような報いを与えるのですか」という文章になっていることのドラマ性の話である。この方向性と水準の記事を書くのは、なかなか勇気がいることだと思うが、イタリア語の文法など何も知らない私でも、非常に面白く読むことができたし、この記事の後で聴いた「歌に生き、恋に生き」は、いつもよりもずっと面白かった。こういうものを、教養を高める記事というのだろうなと実感した。

 

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