中国タバコの世界

川床, 邦夫. 中国たばこの世界. 東方選書. Vol. 33: 東方書店, 1999.
 
著者は東大農学部を出て日本専売公社に入社して、インドや中国にタバコの栽培を教えに行った。そこで、各地のタバコの利用についての知識を得て、本書を書いた。これが、ものすごく面白い。植物学、歴史学、農学、タバコの社会的な側面など、多様な領域のことが描き込まれた一冊である。もとは図書館で借りたが、すぐに中古の本を買っておいた。歴史の話、タバコに関する民話の話、有名人とタバコの話など、面白い話が多い。魯迅は仙台でタバコを憶え、シガレットの両切りの「リリー」を吸っており、友人に必ず「お前も吸うか?」と勧めたとのこと。
 
タバコに関する詩もいい。
 
『神農』に見るに及ばず 『博物』にも幾たびか かつて聞く
仙翁の火を吐くに似て 初め異草の薫りかと疑う
腸に充ちて滓濁なく 口より出ていんうんあり (いんうんは、「気氳」のような漢字。雲霧煙気がたちこめる部屋のことで、万物流転の中国哲学用語)
妙趣は偏に相想う 喉にまつわる一朶の雲 
 
これをメモしたのは、「一朶の雲」。この言葉は、司馬遼太郎坂の上の雲』で使われている。司馬の作品はそれほど好きではないが、「一朶の雲」というセリフは私にとって大切な言葉である。その言葉を、これまで司馬遼太郎でしか読んだことがなかったから、メモしておいた。陳元龍という清代の進士の作品である。
 
「阿片」は opium を中国風に音訳したとのこと。知らなかった。
 
水タバコは何かを初めて知った。ドクトルマンボウの冒頭で出てきて、その時から何だろうと思っていたものである。中国の辺境で売られている。長さは75センチから1メートルくらいあり、タバコというより野球のバットかゴルフのクラブのような感じである。
 
マホルカタバコも知った。ロシア語の maxopka の音訳。馬合とか莫合などと書く。ルスティカタバコの葉を粉にして、これを新聞紙で巻く。新疆ウイグル自治区で吸われている。シガレットに圧されて、1980年代ですでに激減していた。ちなみに、パプアニューギニアもマホルカを吸うが、こちらは長い新聞紙で巻き、世界で最も多く新聞紙を吸う国と言われているとのこと。
 
ビンロウに関する陰陽の話をメモ。仲の良い夫婦の妻が臨終のときに自分の墓からびんろうの木が生えるから、その実を採って噛むと憂さを忘れるわよという。噛んでみたら素晴らしい。この実は結実するときに、初期には形まで女陰に似ている。これが女だとすると、男性の実はビラ(キンマ)であり、石灰はその淫水である。キンマを調べて意味が分かったが、なんだその無理やりの陰陽説は(笑)