幸田露伴が1890年に刊行した小説『対髑髏』についてのメモを書いた。これは、ハンセン病の患者を描いている部分があること、その部分は非常に生々しく、顔や髪の毛や手足など身体の重要な部分が破壊されている有様が描かれていること、しかもそれに精神疾患と妄想が組み合わさった作品になっていること、それと同時に夢の次元のはかなさのようなものを伝えている優れた作品であることなどをしばらく前にブログで書いた。そうしたら、ハンセン病の歴史の俊英の廣川先生から、田中キャサリン先生の論文を読むのがいいと指導を受け、すでにウェブに公開されている論文であるので、喜んでダウンロード・プリントアウトして読んだ。
とても良いお仕事だった。ハンセン病と文学について、日本の研究者の研究書や、イギリスの研究者が帝国主義の話の中に組み込んだ書籍など、すぐれた作品を数多く引用してくださっていて、とても役にたつ。日本文学にとってはハンセン病は社会に内在する脅威であるが、イギリス文学にとっては、植民地からもたらされる脅威であり、人種論などの影響を受けていたという議論も大切である。それから、私が読んだ古い岩波の全集とは異なっているというのは、ああ、ここがそうかもしれないなという引用があって、とても役にたった。また、この作品が英訳されているという私にとっては大ニュースがあり(笑)、この英訳の書物を確保すると、私にとっては話がすごく楽になる。
日本とイギリスの医学に関する議論について、ハンセン病の原因が近代医療と民間医療のいずれにとっても不明であったという議論が、1870年についてはかなり当てはまるだろうけれども、1890年という年代にあてはまるかどうかはちょっとわからない。1880年近辺にハンセン先生が病原体の発見と人体実験をして、大きな動きが表れているのだろうと私は思っているが、これは私の間違いかもしれない。
もう一つ、イギリスの文学系の分析だけでなく、歴史系の分析で、素晴らしい書物がある。Carole Rawcliffe, Leprosy in Medieval England (2006) である。もとはといえば中世の癩病についての大きな本であるため、近現代史の研究者があまり読まないが、素晴らしい側面を持っているから読んだほうがいい。中世ヨーロッパのハンセン病対応について、1980年代までは、ネガティヴに記述してその権力論や隔離論や差別論などを分析して展開するのが、人文社会系の中では正統の考え方であった。そのようなネガティヴな側面が正しい部分ももちろんある。ロウクリフ先生の書物は、なぜそのような考え方が表れたのかを、中世と植民地のイメージが確立する脈絡で分析する方法と、そのようなネガティヴな読みではわからない部分もあらたに読みとる見解を示す書物である。私(たち)から見ると、かつての学生時代に自分が強く納得した視点が、いかに歴史的に形成されたのかを知る、とても面白い仕掛けである。ロウクリフ先生の書物は、我々の議論を新しい段階へ移行する本であり、一世代前の R.I. Moore 先生の分析ももちろん読まなければならないけれども、その先の世界を切り開いたものだと私は考えている。
もちろん、田中キャサリン先生の分析も素晴らしい。ぜひ読んでいただきたい。