イギリスの18世紀学者たちが出している『18世紀研究』が、18世紀とロマン主義の文学を取り上げて、流行と疾病を検討するという特集をしている。この特集のエディターの一人がクラーク・ローラー先生である。ローラー先生は20年以上前にアバディーン大学で同僚で、論文も共著した友人である。特集を読んでみると、私が18世紀イギリスの結核のイメージについて考えた時期に比べると、研究が多様化して深くなっていることに驚きながら、懐かしい思いで目を通した。その中で、私が初めて見た1800年近辺の全裸の女性の海水浴のイラストが2点あり、とても面白い分析をしていたので、そのイラストと議論についてメモ。論文は以下の通り。イラストはウェルカム医学史図書館からフリーにDLできる。
Rachael, Johnson. "The Venus of Margate: Fashion and Disease at the Seaside." Journal for Eighteenth-Century Studies, vol. 40, no. 4, 2017, pp. 587-602, doi:doi:10.1111/1754-0208.12508.
イラストの作家はイギリスの著名な風刺画家であるトマス・ローランドソン (Thomas Rowlandson, 1756-1827) である。ローランドソンには、人々が温泉(スパ)で薄着で入浴する女性をのぞきこむ好色ぶりを描いた作品などがある。この二点の作品も似たような発想で、海水浴の地として出現した Margate の地を風刺した作品である。海水浴を全裸でしている女性の泳ぎぶりを、海辺の人々が見とれているという構図である。女性の全裸体をアップしながら、海岸の人々が好色で見ることも強調することを一つの画面に取り込む発想は難しかったのだろうが、その部分はまあいい(笑)また、これはもちろん風刺画であって、1800年近辺のイギリスの海水浴はかなり本質的な性格が違う。まず、1830年以降に流行して定着した海水浴と違い、もともと病弱者が健康になるための養生であった。また、多くが男性患者であり、女性は少なかった。男性が全裸になることはあったが、女性が全裸で泳ぐなどはありえないことであり、薄いガウンを着ていたという。
この二点のイラストには、これまで医学史研究者が探すのがうまかったのと正反対の風刺が行われている。病弱さがかもしだすはかなさの魅力や、結核による衰弱が周囲と患者に起こす自己愛だとか、そのような病気と美しさの連接ではない。むしろ、その正反対である。溌剌とした身体が作り出す魅力だとか、健康と運動が性的な吸引力があるという方向である。
この方向は、19世紀の末から20世紀の前半の優生学や帝国主義で一つの頂点に達したと考えている。私は Michael Hau の著作がすぐれていると思う。ただ、ローランドソンの風刺画は、それともちがった価値観を表明している。
Hau, Michael. The Cult of Health and Beauty in Germany : A Social History, 1890-1930. The University of Chicago Press, 2003.