猫の草子

 近世の「ねずみ文学」を読む。 文献は「猫のさうし」『御伽草子』市戸貞次校訂・日本古典文学体系38(東京:岩波書店、1958)297-311。

 慶長7年に、京都で猫の綱をとき、猫の売り買い停止するお触れがでた。これは現実の話である。これを踏まえて、ネズミがお坊さんに窮状を訴え、それに感づいた猫もお坊さんに自分たちの正しさ(笑)を訴えるという仕立てのフィクションである。 なかなか面白い。 

 ペストを媒介するネズミの問題を考えて、あてどもなくさまよっている。この文献に登場する慶長の頃の京都に住んでいたネズミは、家ネズミである。私の乏しい動物学の知識が教えるところによれば、おそらくクマネズミである。このネズミたちは、家の中に住み、食物や着物、家具などをかじっている。典型的なクマネズミ(Rattus rattus)の行動である。 一方、おむすびころりんのネズミは、おそらく地面に穴を掘って棲むハタネズミである。 明治・大正期のペスト流行病記事から察するに、家ネズミと野ネズミのセグレゲーションがあったことは確かだと思う。ペストの流行地では野ネズミは殆ど見つかっていないからである。 野ネズミ自体は、年によっては湖がネズミの死体で埋まるくらい沢山いた。 明治40年代の文献を読むと、野ネズミが最近増えて農民は困っていて、それを退治するための毒団子(鼠チフス菌を混ぜ込んだものだそうだ)の作り方が書いてある本ばかりである。 野ネズミは森や田畑にはうじゃうじゃいたが、人家の周囲には住んでいなかったということだと思う。 

 なぜだろう? あるいは、だから、どうした?