疾病地図の歴史


 疾病地図学の歴史の研究書を読む。 文献は Koch, Tom, Cartographies of Disease: Maps, Mapping and Medicine (New York: Esri Press, 2005). 

 疾病地図といえば、ロンドンのジョン・スノウのコレラ地図が有名である。1849年のコレラの流行において、ソーホー地区の患者がブロード・ストリートの水道ポンプの周りに集中して起きていることを示してコレラの水媒介を論証した地図は、医学史の教科書で必ず言及される重要な発見である。

 この研究書の中心は「スノウの主題による変奏曲」とでも呼べる議論である。スノウの地図製作において、何が地図上で表示され何が表示されていないか、項目の選択の背後にスノウのどんな意図が潜んでいたのかを論じた部分、そしてスノウと同時代、あるいはスノウ以降の疾病地図製作者はどのような(別の)意図で同じ地図を「改作」しているのかということを論じた部分が、この研究書の一番読み応えがある。それ以外は、これまで知らなかった疾病地図がたくさんあって見て楽しいというのがこの本の大きな魅力である。幾つか、とてつもなく基本的な間違いが目に付いた。

 画像は1690-92年のイタリアのバリにおけるペストについての書物に掲載された地図。海港検疫が行われている海岸には監視艇が描かれ、Aで表示された内側の防疫線は現在ペストが流行している地域を囲い込み、Dで表示された防疫線は州境を表す。どちらの防疫線にも軍隊の野営を表すテントが描かれている。