コレラをふりまく怪物は食べたら美味しい


 幕末のコレラ流行の折に民衆の間に噴出した想像力とエネルギーを研究した書物を読む。 高橋敏『幕末狂乱(オルギー)-コレラがやって来た!』(東京:朝日新聞社、2005)

 日本で最初のコレラ流行は1822年のものである。二回目が1858年の安政のコレラで、これは江戸にも到達して数万人の死者を出す大流行となった。安政のコレラの前には、ペリーの来航があり、幕府の権威の揺らぎがあり、大地震があり、火災があり、水害があった。安政のコレラに対する民衆の態度の背景には、当時の政治的・社会的な不安を背景にしたエネルギーが感じられるという。特に面白いのが、彼らの間で広まっていたうわさが急速に呼応し結晶してコレラの原因について具体的な形をとっていくありさまを当時の日記の類を用いて丁寧に検証しているところである。

 ペリーの来航などで「他者」の意識を高めていた民衆たちは、コレラの原因は「アメリカ狐」「イギリス疫兎」などの悪さをする生き物だとされる。あるいは人間の体内の管にはいる「くだ狐」がついたせいでコレラになるといわれる。さらに、人々はこの「くだ狐」などのコレラの原因となる動物を目撃するようになる。くだ狐七匹が山を下るのが目撃される。この生き物にはジグマ(地熊)、千年モグラなどのもっともらしい名前もつく。あるいは色々な動物を足したような奇獣(猫のような大きさ、馬の顔、ハエのような毛、人のような足、などなど)が各地で目撃され、ついには捕獲されるに至る。ちなみに捕まえた奇獣は美味であるとのこと(笑)。「パークとダストンのモンスター論そのものじゃないか~」とか考えながら読んでいたのが、この「美味」の一言を読んで粉々に吹き飛んだ。宗教改革のヨーロッパなら神の怒りと黙示録のしるしであったモンスターを、こともあろうに食べたのか、君たちは・・・(笑)

 このコレラ動物以外にも面白い情報が満載である。良質な資料を丁寧に読んで得た確かな知識から面白いものを選んで、達者な筆でわかりやすく語っている。

 画像は19世紀フランス、イギリスの風刺画。 コレラに対する過剰な防備が風刺されている。