17世紀の悪魔憑き


 17世紀の悪魔憑き患者、クリストフ・ハイツマンの文書を集めた資料を読む。文献はIda Macalpine and Richard Hunter, Schizophrenia 1677 (William Dawson: London, 1956).

 クリストフ・ハイツマンはバヴァリア出身の画家。1677年に教会で痙攣の発作を起こし、9年前に悪魔と契約を結んで魂を売り渡したことを司祭に打ち明ける。マリアツェルの教会での悪魔祓いの儀式の最中に悪魔が現れ、ハイツマンは悪魔が手に持っていた契約書を奪い取り、彼の精神異常は治ったという。それを感謝してハイツマンは、自らに現れた悪魔の誘惑と強要の様子を8枚の絵に描いた。この事件に関する文書はウィーンの古文書館に保存され、ハイツマンが描いた悪魔の誘惑の絵や、悪魔との会話の記録、悪魔との契約書の写しなどが含まれている。

 ハイツマンの悪魔憑き事件は、フロイトが1923年に「17世紀の神経症と悪魔憑き」と題した論文で取り上げて有名になった。フロイトは、ハイツマンは神経症で、彼見た悪魔の幻覚は彼の父親像であるといういつもの議論をした。1950年代に、イギリスの精神医療史のパイオニア、ハンターとマカルパインの二人の精神科医が、フロイトのこの診断を正面から取り上げて批判し、この患者が精神分裂病であったことを論じた。その議論のためにオリジナルの文書のファクリミリ版や英訳を採録して出版されたのが本書である。ハイツマンが描いた絵画も質がよいカラーで収録されている貴重な書物で、750部の限定出版だが、古本市場では結構よく目にする。

 図は悪魔の出現・第三回 「三回目に彼が現れたのは一年半後、このようないまわしい外見だった。手には一冊の書物を持ち、そこには魔術と黒魔術が書き連ねられていた。私は、その書物で自らを楽しませ、メランコリーを解消するはずであった」