医者の組織化と集団的研究

 新着雑誌から、医学の集団的研究についての論文を読む。文献はMarks, Harry M., “’Until the Sun of Science … the True Apollo of Medicine Has Risen’: Collective Investigation in Britain and America, 1880-1910”, Medical History, 50(2006), 147-166. なお、以前も書きましたが、Medical History は Pubmed Central というフリーアクセスのOnline Journal Database で読めます。

 19世紀の後半ドイツを中心にして急速に発展した「実験室の医学」は、科学としての医学の組織を根本から変えた。科学的知識が個々の臨床の場で患者を観察することで生産されるというかつての構造に代わって、大規模で高価な設備を備えた少数の大きな施設(典型的には大学)だけが科学的知識の生産を独占する構造が現れた。この構造の中で、もともと生計を立てる手段として医療をみなしがちであった、大多数の臨床医・開業医をどのように位置づけるかという問題は、同時期に広域の医師会のような組織を持つに至った西欧諸国(や日本)のエリート医学者にとって大きな問題であった。この関心を背景に、イギリスでもアメリカでも1880年代から、医師会が主導して全国の開業医たちの知識を集積することで新しい集団的な研究をしようという計画が立てられる。

 イギリスではこの形態の研究は、病気の地域的自然誌と家族における病気の遺伝という二つの中心的な主題を持った。どちらも地域と家族に密着した開業医たちを束ねることで可能になるプロジェクトである。アメリカに較べてイギリスでこのプロジェクトが比較的成功したのは、イギリスの指導的な医者たちは、地域的・家族的なヴァリエーションをより重んじる病理学モデルを持っていたことも貢献しているという。ちょっと大げさにいうと、この集団的研究の背後には、空間性(地域)と時間性(家族)の双方を含んだ病理モデルと、開業医たちの特性と集団分布を重ねあわそうという意図が働いていたということだろう。

 医師会だとか医学団体などの研究はアソシエーション論というのだろうか、最近人文社会科学で流行のテーマである。日本でも若い研究者たちによるこの手の研究を良く見かける。マークスの研究は、この手の研究がただの各国別や都市別の制度史・団体史にならないための方向性の一つを確実に示唆している。