医者のプロソポグラフィ

 未読山の中から、19世紀末から20世紀初頭のスコットランドの医学校の学生たちのキャリアを調べた論文を読む。文献はCrowther, Anne and Marguerite Dupree, “The Invisible General Practitioner: The Careers of Scottish Medical Students in the Late Nineteenth Century”, Bulletin of the History of Medicine, 70(1996), 387-413.
 
 医者ってどんな人たちだったの?ということを調べることは、医療の社会史の地味だが基本的な仕事である。英語圏ではいくつもいい仕事があって、医者たちの全体像を確実につかむことができるようになってきた。この論文は、1870年近辺にエジンバラグラスゴウの二つの医科大学に入学した学生の名簿を使って、色々な資料から彼らの人生を調べて統計的に考察したもの。社会経済史に練達した二人のコンビの堅実な記述と洞察が冴えている。 

 いくつか面白かったことを。一つが医療職の世襲の問題。このコホートでは18%が旧い専門職(医学、法律、聖職)の父親を持ち、医者の父親を持っているのは9.7%。しかし、彼らのうち24%は少なくとも一人の息子を医者にしている。 医者の世襲化が急速に進んでいるという感じである。 このあたり、日本の数字が気になるところである。もう一つは精神病院のポストの問題。あるGPは、GPの激務に耐えられず、「軽い仕事を求めて」精神病院の医師職を求めたという。この論文には書いていないが、同じようなことを、1820年代のロンドンの開業医も言っている。開業の激務に較べて、精神病院の仕事は「余裕がある」という意味で、魅力的なオプションだったのだろうか?収入もそれほど多くないし、地位も高くはないけど、でもゆとりがある人生を過ごせる、ということなのだろうか?激しい競争から「降りた」医者たち、最近の言葉では「勝たない組」の選択だったってこと?ロンドンのMEさん、どう思う?