老いの歴史



 アメリカの老いの歴史についての本を読む。文献はCole, R. Thomas, The Journey of Life: A Cultural History of Aging in America (Cambridge: Cambridge University Press, 1992).

 読み始めてすぐに名著だと分かる本はそれほど多くない。でもほとんどの名著は読み始めた途端にわかる。この本はまさしくそんな一冊である。日本語の「老い」関係の書物を何冊か読んで、本当に学者が書いたものかと疑うような浅薄な内容に愕然としていただけに、この書物を読み始めたときには心から嬉しかった。

 内容は18世紀から20世紀初頭までのアメリカの老いの文化史・医学史である。文学、絵画、宗教書、医学書という広いジャンルの資料を使って、社会と文化における「老い」の位置づけが立体的に語られる。方法論・枠組みはウェーバーとマルクスフーコーを折衷させたような感じである。シナリオの基本は、大きく分けて三段階のプロセスを経てアメリカの老いの文化が変容したというものである。第一段階(18世紀から19世紀初頭)として、ニューイングランドプロテスタントの老いの理解があり、そこでは、肉体的にも精神的にも衰える<衰退>としての老年期と、神の栄光に近づく<成長>の過程としての加齢という二つの矛盾するような老年の理解を並存していた。第二段階(19世紀半ばから後半)として、19世紀以降の都市中産階級は、かつての緊密な小地域の家族・共同体関係が生み出す世界観から離れて、資本主義とリベラルな個人主義と新しい宗教の枠組みで老齢を理解しなおした。それが、<老年期の二元論>と呼ばれているもので、老年期は、若い時にどのような人生だったかで二種類に峻別される。勤勉・節制にして道徳的な人生を送ってきたものは、静かで幸福な老年期を送ることができるのに対し、怠惰放埓な生活を過ごしたものは病と貧困に苦しめられる老年が待っている。この二元論の前提になっているのは、老年期はそれまでの人生の<配当を受け取る>時期であるという労働の成果論であり、それぞれの個人が己の老年期のあり方に対して自己責任を取らなければならないという個人主義的な理解である。第一段階においては、神が人類に与えた宿命としての老いという性格が前景に出ており、個人の力で改変できる老年という性格づけは弱かったのと対照的である。第三段階(1880年ごろから1920年代)においては、同じ都市中産階級にイデオロギー的な基盤を持つ科学や医学による老いの理解が台頭し、衰退としての老いの側面だけが老いの定義となる一方で、若さが持つ力への希求としての回春術や延命術が前景に出てくる。最後の章のポストモダン期の「老人差別論」に対する鋭い批判も読み応えがある。 

 画像は19世紀アメリカで人気があった風景画家、Thomas Cole (本書の著者と名前が同じなのは偶然?)の四枚物の連作絵画「人生の航路」の第二作<若者時代>と第三作<壮年時代>。