娼婦の比較史


必要があって高級娼婦 (courtesan) の国際比較の文化史を読む。文献はFeldman, Martha and Bonnie Gordon eds., The Courtesan’s Arts: Cross-Cultural Perspectives (Oxford: Oxford University Press, 2006).

 Courtesan という英語は日本語に訳しにくい語で、prostitute / whore (売春婦/売女)と類似しているが区別される、高級娼婦のことを意味する。高級娼婦たちは、教養も高く、歌や音楽や踊りなどの専門的な技芸を身につけ、客層ももちろん違っていた。その高級娼婦たちの比較史である。イタリア、インド、中国、韓国、そしてもちろん日本の geisha を論じた水準が高い論文集である。イントロダクションと数本の論文以外は、必要そうな箇所だけ拾い読みしただけだけれども、研究だけでなく枠組みの水準も高い。日本では「芸者は文芸の担い手なのか、それともセックス・ワーカーなのか」という不毛な二元論的な論争があったようだけど、この論文集はそれを乗り越えて、文芸と売春を一つの身体に体現している高級娼婦たちとはどのような歴史的な現象だったのか、という問題が設定されていて、気持ちよく読める。それだけでなく、この書物には、各国の高級娼婦が歌った歌と演奏が17曲、CDに収められてついている。日本からは長唄の「安宅の松」と「雪」という18世紀の吉原で歌われた唄が入っている。イタリアからはバロック音楽の調べに乗せた娼婦たちの愛の唄、韓国からは妓生の唄などなど。こういう歌をステレオでかけながら、<娼婦は自己を生産し、客の想像力によって再生産される。言葉を換えると、現実と幻想が相互に透過しあう境界が、娼婦が作り出す世界であり、その世界で娼婦たちは作り上げられる>とかいう文章を気持ちよく読んだ。専門と関係ない研究書は滅多に買わないが、この本は買って正解だった。

画像は16世紀の旅行者のスケッチ帳より「ヴェネツィアの高級娼婦」。