所得格差が小さく、人々が信頼関係で結ばれている社会の人々は、そうでない社会に較べて、幸福であり、そして健康である。しかし、現代の資本主義社会、特にアメリカにおいては、所得格差が拡大し、社会的結合性が弱くなり、進むべき正しい方向を見失っている。同じように、現代世界全体も、所得格差が拡大し、不健康な人々が増えている。このような議論を、ぱっと見で説得力がある相関グラフや散布図をこれでもかこれでもかと並べて論じている。以前に英語で似たような議論を読んでいたので、議論自体はそれほど驚かなかったし、疑念は解消しなかったけれども、やはりよい書物である。
リーゾナブルな平等がいきわたり、人々が信頼しあい、社会的結合が強い社会と、著しい不平等があって、人々が互いを蹴落とすばかりを考え、イチバン以外は劣等感に苛まれて自暴自棄になる社会とを比べた時に、少なくともこういう書き方をされると、後者の方がよい社会だと断言する人間はいないと思う。その意味で、洗練された統計的な手法(あまり難しい統計は出てこないが、多くの証拠が非常にエレガントな処理をされている)を使ってはいるが、カワチの発想の根底にあるのは、驚くほど常識的でナイーブな世界観である。 <幸福な社会の人々は健康である>というナイーブな世界観が、改めて主張されて、疫学の中で革新的な勢力になる事態の方が、実は驚きに値する。
<常識的でナイーブな世界観のどこが悪い。もともと疫学の究極の目標は、人を健康になる条件を列挙するというとても単純なものだ。>という声が頭の中ですると同時に、<格差が拡大しながら平均寿命が延びて行った時代だってあった。カワチが言うような状況が成立した過程を明らかにしないと、その状況を理解したことにはならない>という声も聞こえてくる。
せっかくだから、<インパクトがある>散布図を本書から二つほどあげる。疑心暗鬼は病気を呼ぶというわけですけれども・・・