ヒステリーするアパート



もうひとつ、同じ叢書から、ダンスホールの周辺についての雑文の中に、面白い一節があったので。文献は、多田道夫『ダンサーとズロース』(東京:三興社、1931)

 ダンスホールのダンサーたちの生態を、楽屋裏だとか化粧室だとかに設定して、ヴォヤイアリスティックに描いた作品。事実なのか想像なのか判然としないが、もともとダンスホールというのはそういうものなのだろう。構成が乱雑な書物で、女子独身アパートに住むモダン都市の女性の生活を覗き見したような文も挿まれている。題して「モダン女護ヶ島 女子アパート夜話」。(・・・なんという悪趣味なタイトルなんだろう・・・)アパートで繰り広げられる中年の独身女性たちのレズビアンとか、いかにもありがちな男性の妄想で、あまりにベタで哀しい・・・と辟易しながら(笑)目を通していたら、最後で面白い一節があった。 

「暗い空に。ふるほど一杯、星がきらきらさすのを高いコンクリートの窓辺で仰ぎ見ながらソプラノで合唱しようものなら、たちまちどの窓辺も老嬢たちの吐息が起る。と、想像できるじゃないか。かくて極めてセメントの煙は憂うつな存在だった。そしてヒシと突き破られる胸中の悶えでもあろう。そこです、アパートそれ自身が、ヒステリ気味になるのだ。ここのアパートに居るある構成派の女の作家は「室はヒスてる」でな題目の小説を書き出すといっている。」

そこに住む独身女性たちの性の悶えを吸い込んで、ヒステリーになるアパート。居住者の身体と同調して「ヒスてる」居室。なんか、ちょっと面白い。これは憶えておこう。 

画像は、音叉に共鳴して失神するヒステリー患者。 出典は Didi-Huberman の Invention of hysteria