精神病の歴史疫学

 必要があって、以前に読んだ精神病の歴史疫学の本をチェックする。文献はTorrey, E. Fuller and Judy Miller, The Invisible Plague: the Rise of Mental Illness from 1750 to the Present (New Brunshwick, NJ: Rutgers University Press, 2002).

 「以前に読んだ」と書いたけど、本当は読んでいない。イントロと幾つかの章の冒頭を拾い読みして、この本はまじめに付き合う必要がないと判断した。大手のアメリカの学術出版社から出た本で、こういう印象を持った本はとても珍しい。著者によれば16世紀から現在に至るまで、イギリス、アイルランド、カナダ、アメリカにおける<精神病の発生率>は少なくとも7倍に増えたという。7倍という計算の主たる根拠は精神病院の入院者。

 精神病床の数を数えて精神病の発生率を計算してはいけないと、何度言ったら分かるのだろうか。あるいは、学部の一年生ならいざしらず、こんな当たり前のことを、いやしくも学者に向かってそもそも言う必要があるのだろうか。

 あとは当時の人々の印象的な記述を文脈から切り離してかき集めてあるだけ。近代になって精神病の発症率が上がった理由として、ストレスとか食事の変化とかアルコールとか、色々なことが無造作に書いてあり、ペットとしてネコを飼い始めたからというふざけたものまで挙げてある。

 精神医学史にイグ・ノーベル賞があったら、2002年度には満場一致でこの本が選ばれていただろう。投稿した全ての雑誌に掲載拒否された論文のリベンジだそうだけど、掲載拒否は極めて適切な判断であった。