五家荘・黒島の精神病調査

向笠廣次・岡部重穂・古賀節郎「血族結婚地区に於ける精神病一斉調査成績(其一)」『民族衛生』9(1941), 355-398.
東京帝大の内村祐之が八丈島・三宅島で精神病調査を行って、精神病・精神障害についての優生学的な調査が始まったが、九州帝大の下田光造のチームも同じような精神病調査を行っている。この二つの調査の手法・目的をより詳細・緻密に較べると、いろいろと面白いことが分かると思うが、今はその準備がない。ただ、下田のチームの研究は、血族結婚と精神病の関係にはっきりと関心を持ち、それを調べるための調査である性格をもっていることだけは確かである。

調査地は熊本の五家荘と長崎の黒島で、いずれも閉鎖的な地域で、血族結婚が多い土地であるという理由で選ばれた。ただ、五家荘は、あまりにも秘境であって、村役場の行政支配がゆきとどいておらず、婚姻関係の多くが内縁であり、血族結婚であるかどうかを確定するのが難しいほどであった。そのような困難はあったが、従妹同士の婚姻は20%程度にのぼり、欧米はもちろんのこと、日本の従妹婚の割合よりもはるかに高い数値を示していた。

下田のチームは、データの解釈において、慎重さとクリエイティヴさを組み合わせていると思う。「大局的に見て血族結婚は分裂病を増加させる傾向がある」ことは確実であるとする一方で、血族結婚の多寡で分裂病は決まらないとしている。また、分裂病の家系では、結婚率が低く、子供も少ないという結論も導かれている。実は、この段階では、分裂病に関して、血族結婚の弊害を鮮明に示すデータはない。戦後、血族結婚の害がクローズアップされ、閉鎖された地域においてもいとこ婚の割合が激減したのは、皇室の結婚をめぐる議論のせいなのだろうか。