岸本鎌一・広瀬伸男・中村[漢字不明]「精神病の集団遺伝に関する研究(第4報)」『環境医学研究所年報』7巻(1956), 118-123.
名古屋市立大学・医学部の精神科の教授で精神病の遺伝の調査を行った教授が岸本鎌一である。大学のHPによれば、「在任中、ロックフェラー財団の援助で南アルプスのふもとの隔離集落に2週間泊まり込み、名市大が精神科、名大が整形外科、信州大が血液学、順天堂大が眼科学、三島の遺伝研究所グループも参加するというスケールの大きな研究も行われた」とのことである。現代日本の地域医学調査に興味がある人は、ぜひリサーチするといい。日本のデータだけでなくロックフェラーもデータを持っていて、若い学者のポイントを上げるグローバルで国際的なリサーチができる。
この論文は、血族結婚と精神病の問題について。日本は西欧の外国と比して血族結婚が多い。東京では血族結婚が4.88-4.69%、戦後の広島では従兄婚が4% であるのに対し、フランスでは0.9%、イギリスでは0.6%、プロシアでは0.2% 程度である。欧米の10倍ほどだと考えてよい。しかし、それに応じて精神病・精神薄弱が多いかというと、そんなことはない。[この当時の日本の医者たちによる解釈は気をつけなければならない。日本と欧米諸国のデータを見ると、日本のほうが明らかに精神病・精神薄弱の比率が高いのだけれども、それをどう操作するとほぼ同じになるのかをチェックすること] つまり、血族結婚は精神病の発症率を上げる一つの要因であり、それを引き下げる要因が日本においては働いている。その要因として考えられるのが「淘汰」であり、精神病患者や精神薄弱者が子供を残さないようなシステムが社会にすでに働いているという考えである。しかし、実際の観察だと、淘汰が働いているようには見えない。これは岐阜県揖斐郡山村門入だが、ここでは「家族制度の温情に守られて淘汰は殆ど行われていない」ように見える。通常人同士の結婚は49組で平均子供数は一組あたり4.63人であるのに対し、片親が分裂病の結婚11組の平均子供数は4.54でほとんど変わりない。(別の共同体では差がでてくる場合もある。岐阜県大野文高根村日和田では、通常人カップルの平均子供数が4.87, 片親が分裂病である結婚だと3.59とはっきりと違うし、長野県北安曇郡中土村では3.77 に対し1.17 と大きな淘汰があるように見える)
戦後の優生学・精神医学は、封建的な家族制度に守られた生殖を敵視することを鮮明に表現した。家族制度が精神障碍の遺伝子を守っているのだから、精神病の優生的な予防活動は、家族制度の改革につながるはずであるという姿勢をとることができた。重要なポイントが二つ。一つは、この態度は精神医学者たちの間には戦前から存在したということ。戦後の民主主義的な民法の改正とともに現れたのではない。もう一つは、封建的な家族制度をなくせば淘汰が本来起きるはずであるという信念を持っていたことである。もともとは大東亜大戦必勝のためという看板のもとの優生学と自然淘汰が、今度は民主社会建設のためと看板を代えたということになる。