『王妃マルゴ』

 必要があってアレクサンドル・デュマの歴史小説『王妃マルゴ』を読む。榊原晃三訳の河出文庫版。

 イザベル・アジャーニの映画の方が有名だと思うけれども、原作の方が面白かった。16世紀フランスの王女、マルグリット・ド・ナヴァール(マルゴ)を主人公の一人にした歴史小説。映画ではアジャーニのこの上もない美しさしか憶えていないけれども、原作を読むと、彼女の夫のアンリ・ド・ナヴァールが、敵に囲まれた宮廷での政治的な慎重さと、人間的な正直さを併せ持つとても魅力的なキャラクターに描かれていて、一番面白かった。アンリとマルグリットの初夜の寝室で、ベッドに入らずにアンリは自分の新妻にこのような会話を交わす。

「もしあなたがわたしの味方になってくれれば-あえてわが愛する女(ひと)にとは言いますまい-わたしは皆に挑むことができる。その逆に、あなたが私の敵となれば、わたしは敗北します」
「おお!あなたの敵になるなんて!殿!そんなことは決してありませんわ!」マルグリットは叫んだ。
「でも、わが愛する女にもならないでしょう?」
「かも知れませぬ」
「では、私の味方に?」
「それはもうまちがいなく」

「愛のない結婚なんて!」といってアンリを責めないでいただきたい(笑)。カトリーヌ・ド・メディシスによる相次ぐ毒殺と暗殺の影が覆う宮廷にやってきたアンリとしては、生き延びるためには、愛する女性と妻を<一致させる>などという<贅沢>はできなかった。愛する女性と妻を別々にすれば、味方を二人作ることができる。一人は愛ゆえの味方、一人は制度ゆえの味方。これを一致させると、味方が一人でも多く欲しい状況である、わが身が常に危険にさらされている宮廷で、味方をわざわざ一人減らすことになる。愛と結婚を一致させないのは貴族の贅沢で、それに中産階級の道徳が挑戦して、愛している人と結婚するというロマンティックな結婚観が現れたと習ったし、そう教えることもあるけれども、貴族は貴族で、文字通り命がけで愛情と結婚を分けていたんですね。 それはそれで、すごく大変だったんだろうな(笑)。  

・・・って、そういうことを調べたくて読んだわけではないですよ。念のために言っておきますが(笑)。