必要があって地形学・地質学を一般向けに解説したエッセイ集を読む。文献は、貝塚爽平『富士山はなぜそこにあるのか』(東京:丸善、1990)
コレラの疫学のための地質学の勉強が続く。英語圏の医学史研究では、同じ都市において、「地形」が疫学的に大きな意味を持っていることは既に多くの研究が指摘している。高燥地は健康で低湿地は不健康というパターンは数多くの都市で共通に見られる。19世紀のロンドンで言えば、小高い丘のハムステッドに較べて、テムズ沿いの低湿地のサザックやイースト・エンドは感染症による死者が多かった。これはもちろん低湿地には低所得者が居住する傾向が高かったというファクターも働いているが、同時期のシェフィールドの研究が、低湿地に住む高所得者は、高燥地に住む低所得者よりも健康指標が悪いことを示していて、高燥地と低湿地の健康格差はそこに住む人間の所得だけで決まってくるのではなく、地理的なファクターも大きく効いている。
前置きが長くなったが、この書物は、東京の陸地を形成している関東ローム層について、素人でもわかるように説明してくれている。8万年前にはじまった富士山の噴火のたびに関東地方には火山灰が降り、これが堆積して東京の陸地を形成している。この関東ローム層は、雨水がしみこみやすく、空隙が多いので地下水の貯水層としてすぐれており、江戸の山の手台地では深さ数メートルの井戸を掘るだけで生活用水として足り、また、台地の切れ目では豊かな泉が湧いていたという。この関東ローム層は、その形成の時期に応じて、古い順から淀橋台(現在の山手線の南半分くらい)、豊島台・目黒台、そして本郷台と三つの「面」に分かれている。この複雑な地形が川に浸食され、現在の山の手の複雑な地形を作っている。一方、現在の隅田川流域とその東は「砂質微高地」や湿地・沼など、総じて平坦な地形をなし、かなりの部分は埋立地である。
このような複雑な地形は、世界の大都市でも珍しいという。北京、上海、カルカッタ、ロスアンゼルスは平坦地であり、パリ、ロンドン、サンフランシスコなどは起伏があるが、それは、東京のように台地と低地という二つのレヴェルがあり、それを分かつ斜面が複雑に入り組んでいるというわけではないという。