ルネッサンスの科学

必要があって、ルネッサンスの科学史についての古典的な教科書を読む。文献は、A.G. ディーバス『ルネッサンスの自然観』伊東俊太郎村上陽一郎・橋本真理子訳(東京:サイエンス社、1986)

科学史、特にパラケルスス派の化学についての碩学が書いた16・17世紀の科学史全般の教科書。さすがに20年前の著作だから、物足りない部分はもちろんあるけれども、微妙な問題を的確に論じる筆致はさすがだなあと思う。この碩学が図書館の食堂で一人で食事を取っているのを一度見かけたことがあって、白髪の紳士で落ち着いたスーツに身を包んで静かに何かを食べていて老学者らしい雰囲気があったが、それでもコカコーラを飲んでいたのが可笑しかった。

医学史家は、「ルネッサンス」ということで、ヒポクラテスやガレノスといった古代の医学テキストの復興ばかりを強調しがちだけれども、この著作は、古代後期の、新プラトン主義、カバラ的、ヘルメス主義的な著作の原典の復興を強調する。たとえば『ヘルメス文書』は、1460年ごろに、フィレンツェプラトン・アカデミーのマルシリオ・フィチーノ(1433-99) によって翻訳された神秘的な著作だが、これが観察と経験・実験に基づく自然研究と自然の操作へと人々を駆り立てたことを強調する。この、一言で言うと「自然魔術」は、自然の探求と宗教を統一する道筋として、宗教改革の時代の医者や自然科学者に強くアピールした。(本書が宗教改革にほとんど触れていないのはなぜだろう?)パラケルススも、アリストテレス、ガレノスに対する反発は持っていたが、ヘルメス主義や古代の錬金術思想には親近感を示している。でも、この現象の解釈は素人では難しい。 

錬金術というか、化学的な精製の仕事は、それ自体一つの宗教的な経験であるという洞察が記されていて、高校以来、化学の実験をこの数十年したことが私には想像するしかないけれども、そうなのだろうか。