初期近代の解剖マンダラ





未読山の中から、科学史系の美術史学者で、すぐれたレオナルド研究者のマーティ・ケンプが書いた、西洋芸術における人間と動物論を読む。文献は、Kemp, Martin, The Human Animal in Western Art and Science (Chicago: University of Chicago Press, 2007).

シカゴ大学での講演を立派な書物にしたもの。「人間と動物」という括りで、(偽)アリストテレス以来の観相学だとか、ラ・フォンテーヌの動物寓話とか、進化論だとか、そういった話をスナップショット的に並べて解説した、「ゆるい」構成の本だけれども、それぞれの話しが面白い。冒頭近くで、主な話しの筋とはあまり関係はないけれども、有名な「人間と四季」の連作版画についてのケンプの解説があって、これがとても上手で、メモしておいた。

「四季 The Four Seasons 」は、おそらく17世紀はじめに製作された、解剖学と占星術を組み合わせて表現した連作版画である。人間の身体の子供時代から老年までを、春夏秋冬の四季に見立てて、4枚の版画で表している。作者などは分かっていない。絵画のスタイルとしてはやや稚拙で生硬である。当時の仕掛け絵本でよく使われた二種類の細工がされている。ひとつは、紙の扉がついていて、それをめくると体内の解剖図を見ることができるというもの。もうひとつは、紙の円盤を回転させると、枠の中に表示される図柄が変わるという仕掛けである。このタイプの非常に精巧な解剖・占星術の連作版画は珍しく、仮にたくさん作られたとしても、現在残っているのはアメリカのデューク大学の一点しかない。

二羽のツバメで表される春には、この版画の主人公はまだ少年であり、その幼い兄弟とともに立っている。右側で背中を向けているのが、おそらくもうひとりの女性の主人公となる少女だろう。地には花が咲き、両側の木は若芽を出し、遠景では動物が若草をはんでいる、新しい息吹の春である。検尿ビンには phlegm (粘液)と書かれている。春の体液は普通は血液だが、四体液論のこの部分は変更可能だった。 

夏は愛情を表す二羽のハトで表される。両側の木は生長し、そこに知識の果実がなりはじめている。男性は頭部、女性の腹部をめくって体内を見ることができる仕掛けになっている。遠景にはラクダが描かれ、砂漠の熱が現されている。フラスコに入っているのは四体液のうちの「血液」である。

秋は生殖と妊娠の季節であり、赤ん坊を運ぶコウノトリによってあらわされる。男性のペニスは勃起し(これ、不適切投稿チェッカーに引っかからないかしら・・・笑)、女性は妊娠していて、紙の扉をめくると内部では胎児が成長している。

冬の鳥は、死と再生を表すフェニックスである。木は葉を落とし、地面の中には化石がある。弾性は背中を、女性は横を向き、それぞれ扉を開けると、背面から見た解剖と横側から見たものが現れる仕組みになっている。それだけでなく、この二人の主人公はステージから歩き去ろうとしているのである。