革命期パリの自殺死体たち

未読山の中から、革命期パリの変死死体の記録を分析した書物を読む。文献は、Cobb, Richard, Death in Paris: the Records of the Basse-Geôle de la Seine October 1795 – September 1801 Vendemiaire year IV – Fructidor year IX (Oxford: Oxford University Press, 1978). 著者は10年ほど前になくなった、偉いイギリスのフランス史研究者。これは、私の専門とはだいぶ離れている問題についてのモノグラフだけれども、ずっと読みたかった本。30年前に出版された書物だけれども、期待を裏切らない傑作だった。

フランス革命期のパリの、ある行政区(なのだろうか?)が作成した、同区における404人の変死体の記録を丁寧に分析した書物。そのうち274人は明らかに自殺、そのうち249年はセーヌ川に身投げして自殺した人々の死体についての記録である。それ以外にも事故死だとか、セーヌ以外の場所での自殺も含まれている。また、これらは総じて非常に貧しい人々で、社会の底辺の人々の自殺についての優れた社会史になっている。

このユニークな資料に基盤をすえたうえで、それに想像力を掻き立てられるようにして、大胆な洞察が縦横無尽に語られる。たとえば冒頭で、死体の同定という作業が、どんな意味を持っているかが語られる。コッブによれば、身元が分からない死体は、秩序ある社会を謎めいた仕方で脅かす問題であった、それは、本来であれば、すべての個人を把握しなければならない警察と行政の限界をあらわに示す物体であった。死体検査の行政官たちの仕事は、この死体を、一時的な匿名性・無名性のリンボーから救い上げ、秩序ある社会にもどしてやることであった。そして、そこには、「本来の名前を取り戻させる」という、最小限の人間の尊厳を取り戻させるという作業も含まれていたという。まるで、大江健三郎の『死者の奢り』を読んでいるかのような深さをもち、そして資料に基づいた社会史の的確さを持っている。こういう本というのは、なかなか読む機会がない。

この後も、職場の存在や家族の存在などについて、非常に深い洞察が語られる名著である。

自殺についてリサーチをして何かを書く機会があったら、必ず読み直して、もう一度インスピレーションをもらおう。