アビ・ヴァールブルク(1866-1929)は有名な美術史家だけれども、彼の論文を読むのは初めてだと思う。彼の弟子のパノフスキーやゴンブリッチは、英語圏で活躍して日本語の翻訳も多いのに対し、ヴァールブルクは、偉大な学者たちを育てた謎の師匠というイメージを私は持っていた。この論文を読むと、パノフスキーらを育てた先生であるということが納得できる。博識と洞察の深さを兼ね備えた、傑出した学者の仕事だと実感する。
論文のテーマは、ドイツの宗教改革期に復興されて流行した古代の占星術である。この占星術があらわす古代の神々を「宇宙のダイモン(精霊)」と捉え、この神々は、地上の人間をはるか天上の星辰と結ぶ「空間の拡張者」であったという。それを「魂が宇宙を飛行する際の照準点」であるという的確で美しい表現で言い当てている。それと同時に、この神々は、苦難と混乱の時代に予言と生きる枠組みを求めて人々がすがった偶像でもあった。前者は数学的な天文学に、後者は予言する占者という顔を持つ。この、思考空間を数学的・概念的な分節によってつくりだす作用と、人間を対象に結び付けて同一化する魔術的・原初的な衝動という、二つの側面をもつ「古代」がルネサンスという運動によって作り出されていた。
ルターの宗教改革が教会の秩序を根底から破壊したとき、ルターを敵視して悪魔と結びつける側も、ルターの支持者たちも、彼の誕生年月日は、占星術的にいって地殻変動的な意味を持つに違いないと信じていた。ルター自身が占星術を軽蔑していたにもかかわらず、ルターを支持したメランヒトンは、ルターの生年は、惑星の「合」が見られた1484年に違いないと考えていた。事実はこれと異なり、ルターは一年前の1483年に生まれているが、メランヒトンたちは、占星術・宇宙論的な見地からみて大きな意味を持つ年にルターが生まれたとしていた。この1484年へのこだわりというのは、神が人間に送った厄災である梅毒の発生とも関係があるとされ、デューラーが1496年に出版した梅毒患者の版画は、その年を刻んでいる。