天然痘と民間信仰

必要があって、江戸時代の天然痘をめぐる民間信仰をめぐる書物を読み直す。文献は、ハルトムート・ローテルムンド『疱瘡神 江戸時代の病いをめぐる民間信仰の研究』(東京:岩波書店、1995) 著者はフランスの研究者で、彼が書いたこの書物は、江戸時代の日本の天然痘についておそらく一番よい書物であり、パイオニアになった書物だと思う。

「ほうそう絵本」と呼ばれている、たぶん子供を読者として含んでいた、動物などが登場する絵本のストーリーに沿って天然痘についての心得が描かれる一連の書物があって、それらを四つほどトランスクリプトしている章があって、その部分をチェックしたついでに、他の箇所をぱらぱらと読む。

江戸時代には天然痘の「胎毒論」が幅をきかせていた。母親の胎内にいるときに母親から「毒」を受け取って、それがもとで疱瘡になるという理論である。一度疱瘡にかかってその毒を使ってしまえば、もう疱瘡にかかることはないという、妙に説得力がある理論であった。『断毒論』の中で、橋本伯寿は、人の身中は病気の戦場で、毒気が外に発されないときには、正気が敗れるところとなってしまう。疱瘡の皮膚の発疹は、毒気が体外に押し出されようとしているものだが、このときに、体の中に別の毒気が入ってくると、その毒が、磁石と鉄が引き合うようなもので、せっかく体の外に出ようとしている疱瘡の毒を、再び体の中に引き込んでしまう。だから、疱瘡にかかっているときには、毒気となるようなものは体に入れてはいけない、という。逆に、香りがよいものをかいでいると、毒気が体の外に引き出されるからというか、方向は毒気を体外に押し出すか、あるいは体内に毒気が入らないようにするから、疱瘡によかったという。

簡単に言うと、鍵は、毒気同士は親和性をもつという概念だろう。