必要があって、今昔物語に登場する医療を分析した論文を読む。文献は、鈴木修二「今昔物語における病者と治療者」『日本歴史』no.243(1968), 92-105.
ずっと前にお医者さんが書いた論文で、今昔物語に登場する病者への言及を合計で193件拾って、それを分類して数えたという超シンプルな仕掛けだけれども、意外にいい。学部生が書くようなレポートの雛形としては、こういうリサーチでいい。治療者のタイプを特定できるものが畿内で117件あり、それを医師・僧侶・陰陽師・妖異(ちなみに、この妖異というのは天狗で、天狗の治療を仰いでいるのは二人の天皇である)すると、医師が12、僧侶が22、陰陽師が1、妖異が2である。全国ではかっても、この割合はそれほど変わらない。ちなみに、僧侶の治療では治療法がのべ43アイテム記録されていて、加持祈祷が23、読経が17、薬物が3件だそうだ。
一番面白かったのは、病人の階層と治療者の選択の問題。天皇は医師1、僧侶6, 公卿は医師が1で僧侶が8、面白いことに、これが庶民になると、庶民は医師が6で僧侶が5.サンプルは小さいけれども、階層が高いほど医師を避け、僧侶のサービスを求める傾向がある。
日本医学史の教科書を読むと、この時期には、医者の権威が下がって僧侶の権威が上がったと書いてある。それは、天皇や公卿の間の話であって、庶民については、むしろ医者にかかるようになったのかも? すごくシンプルな仕掛けのリサーチだけれども、その結果は、意外に重要な洞察を含んでいると思う。