フランツ・ファノン『地に呪われたる者』

必要があって、フランツ・ファノンを読む。文献は、ファノン『地に呪われたる者』鈴木道彦・浦野衣子訳(東京:みすず書房、2008) 特に第五章「植民地戦争と精神障害」は精神医学とポストコロニアリズムを論じた古典中の古典で必読文献。本当に恥ずかしい話だけれども、私は、これまで読んでいなかった。

議論のコアは、フランス人による植民地精神医学が作り上げ、アルジェリア人たちも信じるにいたった、「病理的な精神を持つアルジェリア人」という主張を正面から取り上げて、その根底の部分を批判している箇所である。

「アルジェリア人の犯罪性、その衝動性、その殺人の激しさは、神経系組織の結果でも、性格的特異性の結果でもなく、植民地的状況の直接の所産である。アルジェリアの戦士たちがその問題を論議し、植民地主義によって彼らのうちに植え付けられた[自分たちの精神についての]信条を恐れることなく疑問に付したこと、各人が他人の衝立てであり、現実には各人が他人に襲いかかることによって自殺しているのだという事実を理解したこと―これは、革命的意識の形成において本源的な重要性を持つべきことであった。」(306-307)

このような理論的な議論に入る前に、ファノン自身が観察した、アルジェリアの独立戦争のときの精神医学の症例がたくさん付されている。これらの症例は、読んで引き込まれる小さな物語になっていると同時に、明示されていなけれども、理論的な分析の例証として使われるはずだった論点がちりばめられている。この著作は、白血病が進行していたファノンの死の直前に書き上げられたと聞いているから、症例から理論的な構築へとつなげる仕事をつめないままに出版してしまっただろうか。 ただ、この「論理のつなぎがされていない」というのは、医学史の教師にとってはまさに天与の恵みで(笑)、歴史的な症例から洞察を引き出して大きな理論へとはめ込むという、授業で学生にレポートを書かせるには、まさしくうってつけの課題文になる。 あ、これは、本気ですから(笑)