犯罪者の精神病学研究


必要があって、陸軍の犯罪兵の処罰機関を素材にした論文を読む。文献は、三宅鉱一・杉江董「在姫路陸軍懲治隊懲治卒の精神状態視察報告書」『児童研究』17(1914), 241-253, 351-364.

M44に東京帝国大学より依頼され、姫路の陸軍懲治隊で50名の処罰者の身体・精神状態を検査し、陸軍省に報告する。その一部を抜粋し敷衍した論文。犯罪者の個性・人格については、ロンブローゾの生来犯罪者説が一時期流行したが、これはあまりに一般的であり、また誇張されている部分もあった。しかし、累犯者に病的性格があることも疑うことはできず、これが社会的な原因とあいまって犯罪が発生する。すなわち、犯罪には精神医学的な側面が確かに存在するのである。三宅らは、犯罪と精神病の関係を年来にわたって研究してきたが、一般社会においては、この研究はしにくい。累犯者は普通の監獄にもいるが、これが多すぎるので調べられない。その点、軍の懲治隊は数が少なく、それぞれに対して詳細な精神医学の検査をするのに適当な数である。

身体の変質兆候、文身、幼児の脳障害について、精神のほうは知力判定を行った。合計で311件の犯罪をしているから、一人平均で6件、動機は酒色が最も多い。遺伝が分明なものは28人、変質兆候では、ロンブローゾが重視した耳の形などは少なく、最も多いのは文身。痴愚が17人、魯鈍が9人、変質が18人であるから44人が病的異常を持っていることになる。これらのものの予後は不良であり、犯罪を予防することも難しい。痴愚と魯鈍に対しては、幼時に特殊教育を施せば効果があったかもしれない。また、兵卒として選兵するときに精神病学的な検査を施せば入隊を防ぐことができるであろう。兵役のあと、無条件に社会に釈放すると危険であるから、社会防衛上、特殊の保安処分を行い、持続的に社会から「離隔」する必要がある。

七つの例について詳細な人生の記録が付されていて、これはピカレスク・ロマンのように、悪党一代記風のものばかりである。いうまでもないことだが、病的性格だけでなく、賭博や遊郭という場や、貧困の問題もクローズアップされている。やや意外なことがいくつかあって、まず、この病的性格者たちが、女にもてることである(笑)芸者に惚れられたり、親分の妻と密通したり、まるで読み物のようである。それから、僧や寺というのが多くて、僧になろうとしたり、精神修養のために寺で修行させられたりしている。

画像はこの論文より。この不良犯罪兵が、ほれた女が新橋から吉原に行ってしまったことを知ったときの「無限の情」なんて、講談か浄瑠璃を語るようじゃないですか。