イギリス歴史学の「リベラルなとき」

未読山の中から、イギリスの歴史学者のキャナダインがストーンとプラムを論じたヒストリオグラフィの論文を読む。文献は、Cannadine, David, “Historians in “the Liberal Hour”: Lawrence Stone and J.H. Plumb Re-visited”, Historical Research, 75(2002), 316-354. これは、概念装置などを説明するヒストリオグラフィというよりも、歴史学者の仕事と群像を通じて、ある時代の信念や雰囲気、学問のありかたについての思潮を呼吸した歴史学の姿を描いた、巨視的で野心的なエッセイである。キャナダインの明晰でリズムがある文体も素晴らしい。内容について専門家から異論はもちろんあると思うし、軽々しく真似をしていいわけではないけれども、ヒストリオグラフィを書く時の模範とするべき文章だと思う。一つ一つの文章に細かい知識をエレガントに載せていく文体も、とても参考になる。

私が最初に著作を通じて知った偉大な学者というのは、フーコーを別にすれば、ストーン、ヒル、トレヴァー=ローパーといったイギリス近世研究の学者であった。彼らが活躍した1960年代は、アメリカでもイギリスでも、ケネディやマクミラン、ウィルソンたちの進歩的な政策が社会にオプティミズムを与えていた時代であった。歴史学は人文社会科学の他の方法論にひらかれていた。そのイノヴェーションは、アナールや社会史をはじめとするように、「トータルな」社会の姿を描くための新しい方法論や史料の導入であり、学術上のテクニカルな問題を解くための新しさではなかった。この「リベラルなとき」の時代に研究者としての全盛期を迎えた二人の歴史学者の仕事と、その後を描いている。