寄生虫予防

必要があって、戦前日本の寄生虫予防についての論説を読む。文献は、木村猛明・横橋五郎「本邦に於ける寄生虫病蔓延の現況と其の予防撲滅策に就て」『日本公衆保健協会雑誌』No.15, no.3, (1939), 113-128.

日本には40種ほどの寄生虫が知られており、そのうち、回虫、十二指腸虫、日本住血吸虫、肝臓ジストマは、昭和6年に制定された寄生虫病予防法の対象になっていた重要な寄生虫であった。大正12年から各地で糞便検査が行われており、その調査方法は統一が全く取れていないものだが、全体的な有卵率をみると、昭和3年の67%から昭和12年の52%まで、確実に減少している。もっとも広く蔓延しているのは回虫で、奈良・山梨が80%と高い。都市に少なく(20%くらい)、農村に多い(70%くらい)。

寄生虫病を予防する理由がきわめて重要である。それは、たとえば住血吸虫症のように明確な臨床的な症状が出て、生命を脅かす病気だからというのではない。症状としてはむしろ雑然として明確性を欠き、ただちに生命に影響が出るものではない(笑)が、別の水準で重要な意味を持っている。それは、「仕事の能率」「他種疾患に対する抵抗力」「肉体的精神的な発育」への影響である。作業や学習の能率が減退し、成長が遅延し、疾病に対する抵抗力を失うことは、小学児童を対象にした調査でも証明されている。有卵者と無卵者を比べた時に、栄養、身長、体重、発育、跳躍、懸垂などの身体指標においても、読み方、算術、国史、地理、理科などの学習科目においても、前者のほうが低い。また、寄生虫を駆除したあとは、成績が良転する。(119) 同じことは、外国の研究でも確かめられており、インドでは労働者の2/3が十二指腸病にかかっており、そのため、労働能率は20-30%低下し、大正8年の流感のときにも死亡は無卵者の二倍に達した。アメリカでは南部の低開発は十二指腸病のせいだとされ、ロックフェラーが撲滅運動を行った。

「一般に疾病の恐るべきを説く人は多く死亡率を以て尺度とする。少なくも死亡率、死亡者数を以て尺度とする者が多く、また多くの場合この推論は正しいのである。我々国家的、民族的見地より疾病を考察する者にとって、死亡率、死亡者数以外特に注目すべきはその罹病率、罹病者数及び罹病機関の問題、従ってそれによって蒙る国家的、民族的損害である。今、蔓延状況調査の結果に従い、諸種寄生虫による被寄生者が、内地五歳以上の人口六千万人中・・・二千八百万人を数えることができる。(中略)これらについて、各人平均二割の能率減退を示すものとせば、約三百万人の人が無為にして徒食することとなり、国家的に見て莫大な損失を蒙っている訳になるのである。」(120)
「或種の慢性病は、時として種の淘汰となり、或は国民の精神的緊張を助け、人倫を維持するために役立つ事が考え得られる場合がないでもない。独り寄生虫病に於いては、その罹病は体質の強弱を論ぜず、心の正邪を選ばず、営々として土を守り、土に親しみ、国家人的資源の根源となる農民を侵す事の多い点に於て特別なる重大性を持つということができる。」(121)