J.K. ユイスマンスが悪魔主義を扱った小説を読む。出版されたのは1891年で、当時流行していた心霊主義や神秘主義について豊かな情報を持っている作品であり、いわゆるオカルトの問題と交差しながら発展していた同時代の精神医学についても多くの洞察を与えてくれる、研究上の必読図書であったのに、これまで読んでいなかったことを深く恥じる作品である。
研究上の興味というだけでなく、小説としても面白い構成をとっている。主人公はデュルタルという小説家で、15世紀フランスの貴族で、多数の少年の凌辱と殺人の罪で処刑されたジル・ド・レーの伝記に題材をとった作品を書いている。彼の作品の執筆が進み、ジル・ド・レーの悪魔主義的な行為が描かれるにつれて、デュルタル自身が、現代のパリにおける悪魔主義の儀式に巻き込まれていくという、過去と現在のパラレルワールドで悪魔主義が展開する構成である。デュルタルを現在の悪魔主義に巻き込んでいくのは、彼の文学上の友人やパリの鐘つきのほかに、シャントルーヴ夫人という女性がいる。この人妻は、彼女自身が悪魔主義の儀式に出席する女性で、当初は名前を隠してデュルタルに恋文を送って近づき、恋仲となる。「要するに、これはほんとうの二重人格にちがいない。外に現れた一面は、まったく社交界の女、つつましく控え目なサロンのあるじであり、ほかの隠れた半面は、狂的な情熱と激しい空想と肉体的ヒステリーと精神的色情狂をそなえた女なのだ」と書かれているように、デュルタルはこの女にひきずられるように関係を持ち、黒ミサに出て、そのあとで欲情した女に薄汚い宿屋にひきずりこまれて凌辱されるように犯される。このあたりの記述は、嫌悪感と暗い欲望が交錯して、おもわず固唾を飲むような迫力がある。