石川信義『心病む人たち』(東京:岩波新書、1990)

石川信義『心病む人たち』(東京:岩波新書、1990) 石川信義は精神科医で、東大の経済学部を卒業して就職したあと医学部に入り直して精神科医になったという少し変わった経歴を持つ。1968年に日本初の完全開放の精神病院である三枚橋病院を群馬県太田市に創設した。戦後の精神病院の荒廃を鋭く批判した『心病める人たち』は必読書である。  その冒頭に、石川が子供のころの精神病患者との出会いを回想して、患者たちが街で生活していた戦前と、精神病院に閉じ込められるようになった戦後との対比を際立たせようとした文章がある。「てっちゃん」は精神病の患者で、時々3か月ほど姿を消して近くの精神病院(前橋の江木にある厩橋病院であろう)に収容されることがあったが、そうでないときには鉈を担いで薪割りをしては丼飯をもらって生活し、石川は「てっちゃん」が薪割りをしたりご飯を食べたりするのと一緒にいるのが好きであった。「なみさん」は沼津の海辺のお堂に住み着いた狂女で、おばけごっこをして石川少年を驚かせていた。「よさやん」は駅の構内に寝泊まりし、背中に5,6本のねじれた棒を括り付けて歩いては人々に上げ、石川の義兄の産科の病院を訪れては患者の脱いだ履物をそろえては50銭もらっていた。戦前の患者たちは、精神病院に閉じ込められる存在ではなく、街で人々と交わっていた普通の存在であった。  この立ち位置に共感を持つかどうかは別にして、個人の回想をそのまま史実だと考えるわけにはいかない。特に、それを組織的に検証することができるデータが「症例誌」の形である場合には、そちらを検討して、戦前の患者たちがどの程度「街にいた」のかということを確定しなければならない。