酒井シヅ『病が語る日本史』(東京: 講談社, 2008)

医学史には「疾病の歴史」というアプローチがあり、それぞれの疾患がいつどこでどのように患われ、どう理解されてどう治療・対応されたのかを問う視点である。医学史の研究者にとっては当たり前の発想だが、私自身は日本では科学史を学んだので、イギリスに留学したばかりの頃は、疾病そのものの歴史的な変化を研究するべきであるという発想に不慣れだったことを記憶している。昔は、疾病の歴史なしに医学と医療の歴史を学ぼうとしていたのかと思うと、その理不尽さに冷や汗が出る。理不尽さというよりむしろ傲慢さと言うべきかもしれない。

 

酒井シヅ『病が語る日本史』(東京: 講談社, 2008)は日本における疾病の歴史の通史である。著者は、日本の医史学を代表する役職に長くおられ、現在の医学史研究の隆盛を背景でしっかりとささえてこられた学者である。もともとは雑誌の連載を文庫本化したものであるので、逸話的な記述が多くを占めていること、ヒストリオグラフィーや文献注・詳細な文献表など学術的な仕掛けを欠いていることは残念だけれども、私が知る限りでは、日本におけるただ一冊の疾病の歴史の通史であり、必携であることには変わりない。

 

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