英語の授業を一学期行って―確認点と努力目標

今学期は日吉キャンパスの歴史学の授業で、授業内容をほぼ100%英語で提供した授業を行った。かつては「一般教養」と呼ばれた授業で、対象は全学部の主として1・2年生で、自由に選択して履修できる科目である。内容は精神疾患と精神医療の歴史で、今学期は古代ギリシアから1850年まで、地域は一度だけイスラム圏の精神医療の話を取り上げた以外は、すべてヨーロッパであった。

 

一学期続く講義の授業を英語で提供したのは初めてだから、色々と方針を考えた。まず、ある程度の深さを持つ内容を分かりやすく教えるために、精神医療の歴史という自分の専門に最も近い主題を選んだ。英語の講義だからといって、単純で表面的な内容ではいけないし、専門を外れると、抽象的な深さを持つ洞察をうまく表現できない。私が一般教養水準で持っている講義は、精神医療の歴史、病気の歴史、身体の歴史の三種類あるが、その中で一番自信をもって深い議論に触れることができるのは、やはり精神医療の歴史である。次に、一つの講義で一つの主題という原理を、いつもの日本語の授業よりも徹底した。毎回、今日の主題と議論を冒頭に示し、それを説明していく形をとった。英語の内容が「わかる」感覚を持たせたかったからである。同じような狙いだが、ほぼ毎回、授業の内容を200字から400字程度でまとめさせた。英語でまとめた学生もいる。そのための時間は15分から30分程度とった。これも、毎回英語で聞いた内容を最後にまとめるという緊張感を持たせると同時に、英語の講義を理解したという実感を持たせるためである。

 

一学期終えて、今回の試みにはかなりの手応えがあったという自負がある。学生からの評価は非常に高かった。授業は大変で緊張するけれども、とても良い授業だったというコメントが非常に多く、これは良い授業ができたと思う。「はじめての英語の授業だったけれども理解できて自身がついた」「自分が思う以上に理解できて嬉しかった」という系列のコメントも多く、大学教育の最初の段階で、英語の授業に対する苦手意識を克服させる効果もあった。この効果の一つの要因は、精神疾患と精神医療の歴史は、内容そのものが興味を持たせるものであったこと、図版や興味深いエピソードを多く使ったことがあげられるだろう。医学史の中には、例えば外科学の歴史のような、重要だけれどもよりテクニカルな主題もあり、精神疾患と精神医療の歴史は初学者に魅力がある主題であることは間違いない。

 

欠点や努力目標もたくさん意識することができた。歴史学の授業だから、議論には根拠を示すという習慣は大事だが、16世紀や17世紀の英語をオリジナルのスペルで提示したのは良くなかった。19世紀の英語ですら難しすぎた。次に、一つの講義に一つの主題という原理を守るのはいいのだが、複数の授業のつながりを明示することが足りなかった。一回の講義でギリシア文化における狂気を教えて、次の講義でキリスト教における狂気を教えるというだけではだめで、なぜそういう配列をしているかということを英語で的確に説明する必要がある。最後に、これが最も重要な努力目標だが、もっとも適切な英語の説明を選び抜く努力が欠けていた。要所要所に、学生の心に残る英語の説明、短いが本質をとらえた説明を配さなければならない。