17世紀末の内科医と薬剤師の風刺文学

サミュエル・ガース『薬局 17世紀末ロンドン医師薬剤師大戦争』西山徹編訳、高山修・服部典之・福本宰之訳、岡照雄序(東京:音羽書房鶴見書店、2014)

 

17世紀から18世紀にかけてイギリスで活躍した内科医である Samuel Girth が書いた The Dispensary が翻訳されたので大喜びで読む。医療の許可制度についての重要な類型の成立と深く関連する資料だから、重要な背景として読んでおいたほうがいい。その類型は、18世紀の初頭に成立したもので、ロンドンの王立内科医協会と薬剤師のギルドの対立を背景として持ち、薬剤師たちが処方だけではなくて診療の権利を求めて内科医協会と激しく争い、最終的に1701年の「ローズの判例」が薬剤師たちに診療する権利を事実上認めることになる事例である。イギリスは、いわゆる三つの職業である内科医・外科医・薬剤師の伝統的な分業を、はっきりと描き直した制度が18世紀の初頭に成立している。その重大な事件の背景となる詩であると同時に、医療を風刺文学で扱うとどうなるかということの一つの範例だから、ずっと読みたかった。

 

疑似英雄体で、古典古代の神話や歴史などの文化の素材を存分に使っていること。同時代のイギリスの政治・思想・宗教などの事例もふんだんに使っていること。そして、そこに医学と薬剤師といった、身体性にまつわる話題をからめようとする。特に薬剤師が吐瀉や浣腸器を用いて下剤をかけることなどは、汚いものや糞便に関する文化の下層の話題となるから、両者を組み合わせるとミスマッチなギャグが炸裂し続けることになる。特に薬剤師の主人公が気絶するが「しびんに入った尿の臭いで目を覚まされる」という部分や、闘いのときの兜に鳥のトキの像が付されていたのは、トキは口から水を吹く様子から浣腸の象徴であったという部分は、エピックなストーリーに薬剤と身体を挿入したギャグである。(「我々はトキから浣腸を学んだ」という台詞は『ドン・キホーテ』にも登場する)兵器のかわりに、アヘンやルバーブを投げることや、ハーヴィーに会いに行く冥界下りの船乗りが、梅毒薬の「グアヤクの木」であることも、そのような面白味である。もちろん、きちんと使う時には原文を読まなければならないが、こういうことが頭に入っていることは重要だから、メモしておく。