産業革命と女性外科職人の歴史

Hudson, Pat. The Industrial Revolution. Edward Arnold. Distributed in the USA by Routledge, Chapman and Hall, 1992. Reading History
Wyman, A. L. "The Surgeoness: The Female Practitioner of Surgery 1400-1800." Med Hist, vol. 28, no. 1, 1984,  pp. 22-41
 
一般教養の身体の歴史。18世紀に入っているので、産業革命と身体の歴史を強調するためにPat Hudson の学生向けの書物を読んでいて、女性医療者に関するとてもいい記述があった。また、そこで引用されている文献も面白かったので、さっと読んでメモ。
 
産業革命(工業化)は複雑で難しい主題になってきている。ただ、ハドソンの本を読んでいると、納得できる議論が多い。男性は、工業技術が力を必要とすることと、社会において相対的に高い地位を占めることができることと関する議論で、女性とは平等であるという議論を否定する。女性は、仮に職があったとしても、家事と母親の役割に集中するべきだという議論になる。女性は身体の力が弱く、知性が劣っているから、男性がさまざまな力がある職業を独占することが正しいという議論である。これが専門化にも影響を及ぼし、医療の専門家は男性が独占するべきだという議論が現れる。そこで女性の治療者たちが批判される。女性外科治療者 surgeoness, 産婆、看護、そして wisewomen などが批判・攻撃され、男性の内科医、外科医、薬剤師などが専門家としての資格を持って独占するべきだという議論である。専門化の勝利というストーリーであり、これは、ある部分においてはもちろん正しい。
 
一方で、中世と初期近代を見ると、女性と医療の問題はもっとずっと複雑である。それをとにかく膨大な史料から引用して素晴らしい像を作っているのが Medical History の論文である。まず貴族や地主の妻という非常に重要な問題がある。彼女たちが医療を施すのは当然の義務であった。まず自分の家の家族もいたし、世帯にいるサーヴァントなどもいる。彼ら・彼女らが疾病になったときへの対応は、彼女が責任を持つ。重篤なものであれば医者に診せるが、比較的軽いものであれば彼女が責任を持つ。件数だけで数えると比較的軽いものが圧倒的に多い。また、隣人たちの貧しい者には、薬を与えたりすることが彼女の義務であった。慈善の観念があるから、地域や共同体での医療には深くかかわっていた。「村の非公式の医療者」であったと考えていい。職人としての外科職人や薬剤職人であるときには、当然のようにその仕事の手伝いをしている。
 
面白かったのは、比較的貧しい女性たちが持つ医療へのかかわりである。この論文の冒頭は、18世紀の契約書が提示され、貧しい女性が外科職人の訓練を受けることを定めている。別の街に女性の外科職人がいて、彼女のところで外科職人になる訓練を受けるという契約である。実際、外科医の大仕事を除くと、外科の基本的なことを女性が行うことは可能であった。病院においても、そこに常駐の外科医を備えておくことは難しいので、経験がある女性が、外科のことを行うことも可能であった。
 

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中央に立つのが床屋外科医。左にいるのが彼と結婚した妻で、熱心に仕事をしているとのこと。