ツィッター上で友人に勧められて、小津安二郎監督の遺作『秋刀魚の味』のDVDを借りて観る。1962年の製作・配給で、婚期を迎えた娘を見合いさせて送り出す父親の老いと孤独を描いた作品。主演の父親役は笠智衆、娘役は岩下志麻で、それ以外にも杉村春子、佐田啓二、岡田茉莉子、東野英治郎、岸田今日子といった名優たちが勢ぞろいで、一度は観ておかなければならない傑作である。
しかし、結論を先に言うと、私にはあまりに距離感がある世界であった。娘が23歳か24歳になって、いつまでも自分の便利のために自分の家の家事をまかせてはいけないから、友人に頼んで見合いをセッティングしようという設定が、まず違和感があった。その話を進めるうえでも、娘の恋愛感情がまったく考慮されていないということも、それが当時の日本の習慣だと言われても、話に乗れなかった。父親は旧海軍の士官という設定ということで、軍艦マーチを要所要所で歌われても、感情移入することができなかった。作品の末尾で、娘を嫁にやった夜に、泥酔して口ずさむ歌が軍艦マーチというエンディングは、私にとっては心を揺さぶられる場面というより、歴史的な考察の対象になった。
もちろん、小津らしい日本の生活を切り取った端正な画面構成があり、随所で抑えた感情表出の名場面がある。特に好きだったのは、笠智衆と友人たちの淡々とした会話と、杉村春子と東野英治郎のラーメン屋(「チャン麺屋」)の場面だった。そういった名場面を楽しめばいい。
私が感情移入できないというのは、作品の質の問題ではない。日本人の家族意識の変容という大きな問題もあるだろうし、私の個人的な好みの問題もある。単純で、素朴英米的で、大衆的な好みなのだろう。私が一番好きなのは、アンソニー・ホプキンスが父親役、ブラッド・ピットが娘の恋人役(あえてそう言っておく)、そして名前を知らない女優さんが娘役を演じた、『ジョー・ブラックをよろしく』だということも書いておく。ホプキンスがブラピの顔をまっすぐにみて Yes, I challenge you! というセリフはまだ記憶に残っている。