生物兵器と V for Vendetta

V for Vendetta

映画 V for Vendetta を観た。原作は1982年のイギリスのコミック。2005年に映画化された。『マトリックス』のウォシャウスキー姉弟の脚本、ナタリー・ポートマンの演技が素晴らしい。イギリス系の実力派の俳優たちも見どころがある。

 

近未来の独裁国家になったイギリスが舞台。国民は独裁政権とマスメディアによる情報操作のもと、恐怖と服従を強いられている。政府に反抗的な思想(たとえばイスラム教)は禁じられ、同性愛は死刑の対象であった。オーウェルの『1984年』である。そのような社会に、仮面をつけた人物が現れて、最後には独裁政権を倒すというストーリーである。彼が復讐の Vendetta の頭文字をとって “V” と名乗っていることが原作・映画のタイトルの所以である。

 

ポイントは、この主人公が国家による生物兵器開発のための人体実験を受け、研究所の火災で大火傷をおって怪物的な外見になり、主人公が独裁国家に復讐するという設定である。国家が生物兵器を開発しているというのは、1979年にロシアのスヴェルドロフスクで起きた生物兵器炭疽病が外部に漏れた事件を素材にしているのだろうか。脱出した逃走者が復讐するという主題は、フランケンシュタインの怪物そのものである。生物兵器を開発するために強制収容所で人体実験というのは、もちろん日本軍の731部隊に取材しているのだろう。ジャンルの古典と最新の出来事を織り込みながら緊迫したストーリーを展開している。医学史の主題についてだけ書いたけれども、イギリス史や英文学などでは、17世紀のカトリック陰謀と弾圧ガイ・フォークスや、文学とフィクションの機能についての議論など、授業で使っても面白いマテリアルである。この映画で有名になってから、ガイ・フォークスの仮面が抵抗と匿名の国際的なシンボルになったとのこと。

 

原作は映画とはだいぶ違うらしく、クレジットは辞退されたとのこと。原作も読んでみようかな。

 

 

 

なお、スヴェルドロフスクの生物兵器の惨事については、瀬戸口さんが訳された以下の論文があります。

 

http://www.hmn.bun.kyoto-u.ac.jp/report/2-pdf/2_tetsugaku1/2_10.pdf