増田義郎『アステカとインカ―黄金帝国の滅亡』(小学館、2002).
増田義郎『古代アステカ王国』は、中公新書から1963年に刊行されている名著である。スペイン人のコンキスタドーレス(征服者)と、アステカ王国の対決を描き、最後にはアステカ側が敗北して崩壊するありさまを描くときの筆が踊るような筆致は、歴史学者が読んでおかなければならない本の一冊である。私が一番好きな一節は、アステカ側の占星術師たちは、夜の空を見上げて自分たちに有利な星のしるしを見出して「ほくそえんでいた」という部分である。特に「ほくそえんでいた」という記述である。この著作の頃、増田先生は若干35歳であり、学者の世界ではまさにこれからという段階で書いた最初の重要な書物だと思う。その中で、占星術師たちが「ほくそえんでいた」と堂々と書くことができる感覚は、やはり大物だと思う。これはもちろん、歴史学の院生がが真似するべきだというのではないけれども、こういう書き方があるのだということは、院生の時に大変な影響を持った。
この書物は、中公新書でアステカについて書いたような血沸き肉踊り歴史的に的確な記述を、インカについても記した書物である。その部分は、もちろん読みごたえがあって面白い。しかし、各所で触れられている重要な主題の発展が足りない部分がある。この書物は、もともとはスペイン人の黄金への執念を適切に位置づける書物である。冒頭のコロンブスを、黄金への欲求を持つと同時に、それを宗教的な熱情と敬虔さと両立させているという指摘は面白い。また、黄金を探すという特殊な目標があったから、スペイン人はカリブ海諸島と南アメリカの各地を徹底的に探索して、その結果、均一的な言語を持つ等質な世界が作られたという指摘も面白かった。しかし、これらの指摘を発展させるというより、軍記物の性格を持つ闘争と征服と敗北の物語になってしまっている部分もある。