精神病院の症例誌を読む練習6-P.S. について3

精神病院の症例誌を読む練習、特に処方が読めるようになる練習です。この2回ほど、頻繁に登場する薬である P.S. は何かということを論じ、「パンスコ」であるという私の仮説の他に、賦形剤であるという仮説、パラアルデヒドに関係があるという仮説などを頂くことができました。先日、匿名希望の学生から、次のようなメールをいただきましたので、その内容を紹介します。

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P.S. はどの処方でも頓服(1x)ではなく1日3回(3x)飲む。 

多くの患者が訴える、ありふれた症状に対する処方である。

その症状は、不眠や暴力性など頓服で対処する性質ではなく、便秘や食欲不振のような持続的なものである。

比較的安価で、副作用が少なく、気軽に使用できる常用薬。

これを満たす第一の候補は、健胃散Pulvis Stomachicusではないか。

 『第四改正 日本薬局方』(1924)によると、健胃散は「重炭酸ナトリウム末 五分、龍膽末 二分 ヲ取リ善ク混和シ製スヘシ」。用量は、一回量1.0g、一日3回、合計3.0gが標準。

ブログの写真では「P.S. 2.0 3x」が指定されていて、少なめという印象だが、この量を指定している薬理学書もある(杉原徳行『薬学用薬理学』金原商店、1938年)。

 P.S.の他の候補として、消化酵素剤である含糖ペプシン Pepsium Saccharatumが挙げられる。多くの薬理学書・内科学書に、胃薬の一つとして収載。ただ、林春雄『薬理学』第18版(1922年)によると「ペプシン分泌ノ著シク減少スルコトハ極メテ稀ニシテ…不必要ノ場合多シ」とのことで、含糖ペプシンの重要性は低いと考えられる。

 「パンスコ」=ブロム水素酸スコポラミンだとすると、P.S.ではなくS.H.と略されるのではないか。

賦形剤である可能性は低い。ブログ3/23の写真によると、単体で処方されているように読める。

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これまで自分で考えたパンスコ仮説、あるいは皆さまからいただいたどの仮説よりも、説得力がある仮説です。私から付け加えると、精神疾患としての診断が違う場合でも、異なった診断にまたがってP.S. が使われているということ、ここから、これは精神疾患に対する薬では<ない>のではないかという方向に考えたということが、私にとっては大きなポイントでした。たしかに、精神疾患の薬ばかりを探していました。実際に患者に薬を処方した経験がないので、「ありふれた症状に対する薬である」という発想が出てこなかったのだと思います。このような、根本的な読む態度における間違いに気づかせていただき、ありがとうございます。この教訓は、これから処方を読むときや、他のタイプの医学史料を読むときに、必ず心するようにします。

医学史という学問には多様なアプローチの仕方がありますが、やはり医学系と人文社会系の二つの領域に「またがって」いるのだということを、まざまざと感じることができた新しい仮説でした。ありがとうございます。