精神病患者の絵画作品と「素朴絵」の関係

矢島新『日本の素朴絵』(東京:パイ インターナショナル, 2012)

須藤弘敏・矢島新『かわいい仏像 たのしい地獄絵 ―素朴の造形』(東京:パイ インターナショナル、2015)

 

いま昭和10年付近に精神病院に入院した患者が描いた絵画を分析しようとして、関係がありそうな書籍をみている。その患者はプロの絵描きというわけではなく、東北の地方部の出身、教育の程度は高等小学校卒、職業はタクシーの運転手だから、民衆や大衆の一人といってよい。精神病を発病して東京の王子脳病院に数か月滞在したとき、長大な自伝的な記録を書き、その中で自分が見た幻覚を図像にした一連の非常に興味深い作品がある。何かの雑誌でふとこの著者(矢島新)の名前を見つけて本を見てみた。「かわいい仏像」や「素朴絵」というのは、私が探しているものに、少し近づいたような気がする。

 

矢島は、自らが「素朴絵」と呼ぶジャンルについて、精神病患者の絵画が原型となっているアール・ブリュットや、それから発展したアウトサイダーアート、あるいは山下清の作品とは区別しようとしている。素朴絵もアール・ブリュットも、技法は高度に訓練され、ある一定の形式をとる美術とは確かに区別される。しかし、素朴絵が「ゆるさ」「おおらかさ」というタームに特徴を持つのに対し、アール・ブリュットの側は「特異な表現者たちの、他人にはうかがい知れない衝動に基づいた切実な造形」という特徴を持つという。

 

ここには、20世紀の初頭にジャンルとして成立したアール・ブリュットや、精神科医のプリンツホルンが収集したコレクションに基づいた精神病患者の絵画の特徴について、比較的大きな誤解がある。たとえば、Beyond reason: art and psychosis : works from the Prinzhorn Collection. [London], Hayward Gallery (1996) などが論じていることだが、コレクションに集められた精神病患者が実際に描いた作品と、プリンツホルンたちが作り上げた精神病患者の作品像は、区別されなければならない。 プリンツホルンが精神病、特に分裂病と当時呼ばれていた統合失調症の特徴をまざまざと示すような、常人が見る世界と徹底的に違う絵画世界を提示したのは、たしかにその通りである。その意味で、美術史の典型で理解される精神病者の絵画は、「ゆるさ」「素朴」という言葉とは相いれない。しかし、実際に精神病患者たちが描いた作品をみると、それらはしばしば素朴や「ゆるさ」と呼んでいい特徴を持つことも事実である。Beyond Reason が提示するプリンツホルン・コレクションは、私たちがプリンツホルンの著作を通じて知っている作品、彼があるジャンルを作るために選んだ作品とは大きく印象を変えている。そこには素朴でゆるいものもたくさんある。

 

たとえば、私が分析している作品で、これはいかがだろうか。「特異な表現者が描いた、他人にはうかがい知れない衝動に基づいた作品」というより、当時の民衆にとってなじみがあったキャラクターの素朴な模写と考えたほうがいいのではなかろうか。

 

 

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