パストゥール In Our Time

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BBCの人気ラジオ番組 In Our Time ある主題を選んで、その問題について深い見識を持っている学者を3人選んで行われる鼎談。司会の Melvyn Bragg さんも上手だが、出てくる学者たちの多くが話が旨い。もちろん、常連の名人というのがいて、科学史だと Simon Schaffer 先生はいつでもうまい。しかし、それ以上に、学者一般の平均点が高いのには驚かされている。時々、昔の友人が出てきて、話がうまく合わせられなくて立ち往生したりするのも、私には深く懐かしい味わいがある。英語で授業をするときには、もちろん演説風の口調も必要だけれども、それよりもくだけた口調で分かりやすく説明する場面も必要で、私には大きなメリットになっている。

この番組は近代細菌学の創設者のひとりであるパストゥールが主人公。呼ばれた3人の学者は、医学史の世界の巨人が二人に、若手の新星が一人という豪華メンバー。そして、話の切れはもちろん鋭くて、要点がとてもよく分かる。ことに、科学史からの視点を忘れがちな私にとって面白かったのは、主人公のパストゥールの学問的な基盤の話である。彼は医者でも生物学者でもない。化学者である。化学者が、人間の病気を治すための一連の研究をするためには、何をしなければならないのか。この部分の話は、とても面白かった。もう一つ重要なことは、学問の空間である。パストゥールは研究所を作った。これは大学ではなかったが、国家からも企業からも資金を集めることができた。もちろん健康な人間は国家にとって貴重だったし、蚕がかかる病気の研究という、当時のフランスの重要な絹織物産業にかかわっていた。そこで、彼は化学とその応用を研究した。ただの応用でもなく、ただの化学でもなく、化学とその応用を研究したのである。どちらの話題も、あと少し調べて、何年後かの私の授業に取り込もう。

もう一つ、実はこの部分も大切なことなのだけれども、いま、久しぶりに感染症の歴史に関する新しいリサーチを始めている。実は、そこでも起きたことは、獣医学を学んでいた医師で、植民地朝鮮の獣医学者であった人物を主役に置いた論文を書こうとしている。このヒトと動物との間を橋渡しする領域で、ウィルスという概念が日本で形成されたという話が重要な話としてある。それを考えるときに、医学の最大の革命の一つである細菌学革命の主人公の一人が化学者であったという現象は、深い意味を持つ。