「夜長姫と耳男」(よながひめとみみお)は坂口安吾が1952年に刊行した短編で、「桜の花の満開の下」と並ぶ傑作のひとつ。飛騨の匠である耳男が3年かけて仏を彫る物語によせて、日本の民話の構成、敗戦後の男たちの空虚、性という亀裂などが描かれた作品である。面白いことに、そこに伝統社会における疫病と医療の問題が描き込まれているので、その部分をメモしておく。
まずは血を用いた民間療法の主題で、飛騨の匠の耳男が傑作の彫り物を作ることができたことが、蛇や動物の生き血を飲む民間療法と結び付けられていることである。耳男は、蛇を捉えて裂き、その生き血を飲みで、残った血を作品に注ぎかけて、血みどろな体で血塗られた傑作を作ろうとする。そして、その像が捧げられる夜長姫はそのことを知り尽くして、耳男と結ばれるはずだった女の血にそまった衣服を与え、作品の末尾では、自らも蛇の生き血啜りを実践する。
この血が「生命」と関係があるとすれば、もうひとつのエレメントは「死」であり、流行病による死である。姫が住む村には二つの流行病が襲い掛かり、村人たちはばたばたと倒れていった。一つは疱瘡、もう一つはきりきり舞いをして倒れて死ぬ病気である。耳男が作ったバケモノは疱瘡を追い払うことができたが、もう一つの人々がきりきり舞いをして倒れる病気には無力であった。ここをめぐって、夜長姫が人々の死を眺めて楽しむキャラクターになっていく。疫病から村と家と女と自分を守ること。その死の問題も織り込まれている。