NHKスペシャルの731部隊の特集「731部隊の真実 ーエリート医学者と人体実験ー」がYouTube 上に落ちていたので、喜んでそれを観た。ツィッターやFBで高い評価を聴いていたが、その通りの素晴らしい番組だと思う。NHKがこの水準の番組を作れるまでには、1980年代からの地道で着実な学術的な研究の蓄積があり、常石敬一先生、松村高夫先生、解学詩先生などの業績のたまものである。また、1980年代の小説家の森村誠一や2000年代のジャーナリストの青木冨貴子などの著作も大いに貢献していると思う。また、実際の音声を聴いたり、実際の文書を観たりするのは、大いによかった。
主たる主張は、国内の大学が果たした役割と重要性を主張するものである。これまで731部隊の隊長であった石井四郎の積極的な人材探しが強調されてきたが、それと並行して、石井に人材を供給した国内の大学側にも着目する流れである。京大や東大のエリート教授たちが、自分の研究室の卒業生やメンバーたちを731部隊に技師として就職させて、適切な研究ができるポストを与え、その部下が研究費とさらなるポストの可能性を確保することの重要性を重視した主張である。石井による「引き」だけでなく、エリート教授による「押し」もあったという議論だろう。私は普通に受け入れることができる主張である。
もう一つ、最後のほうで言及されていた、戦時に反抗する民族やグループに対する敵意が高まり、医師たちもそれに同調して残虐なことをしたということは、面白い議論である。憶えておこう。ただ、これに関して学者として言うと、それなら、国内の大学の日本人の患者、ことに「学用患者」と呼ばれた患者に対する実験的な医療はどうだったのかという問題を調べなければならない。学用患者というのは、大学医学部で無料で治療を受ける貧しい人々で、彼らは当時の先端的な医療に関して治療費を払わなくていい代わりに、死体の提供や実験的な治療への協力などが義務付けられていた。国内のエリート大学の医学部から731部隊に行った医師たちとしては、国内では学用患者、731部隊においてはマルタと呼ばれた匪賊や政治犯というマテリアルがあったのである。というか、国内の学用患者ではできないことを実践できるマルタを集めて提供することが、731部隊を作るときの石井のそもそもの目標の一つであったと私は認識している。国内の大学と731部隊では、生体実験ができる患者は並行して存在していたということを見落としてならない。
学用患者の死体の提供に関しては、新村先生が良い本を書いたが、その書物では、患者の生存中の医療への「協力」に関しては、何も述べられていない。この国内の学用患者と対比して、731部隊の「匪賊」の生体への取り扱いを考えるべきだろうと私は思う。
新村, 拓. 近代日本の医療と患者 : 学用患者の誕生. 法政大学出版局, 2016.