カレル・チャペック『白い病気』

カレル・チャペックの戯曲『白い病気』を読む。田才益夫の訳で、八月舎という書店が出している『チャペック戯曲全集』に収録されている。

チェコ語という言語的な制約のせいで「研究者」は少ないと思うけれども、チャペックは『ロボット』や『山椒魚戦争』など、20世紀の科学・医学と人間の関係についての古典的な傑作を書いている。1937年に執筆・上演した『白い病気』という戯曲も、少し傾向は違うけれども、病気と新薬という道具立てを使って、ナチス・ドイツの侵攻に抗議し、平和主義を唱える作品であった。そのような内容を持つだけに、当局には改変を要求され、チェコの愛国主義者を鼓舞したものである。

若者を罹らないのに50歳ころのものから罹りはじめる「白い病気」が流行しはじめたことから話は始まる。ここには疾病構造転換と「成人病」の登場が背景として存在する。この病気は、ハンセン病になぞらえて(「ペイピン・レプローシス」)描かれていて、最初は身体の表面に白い点ができて、その点は押しても痛さを感じない無痛点である。この症状が現れると、すみやかに身体は悪臭を放って崩壊していき、死に至る。これは未開野蛮な「シナ」からわたってきた伝染病だと考えられている。(世界各地でハンセン病の流行が発見され、それが「黄禍論」と重ねあわされたのは、時代的には少し前だと思うが、それが関係あるのかもしれない。)現代医学はこの病気に対して無力であり、痛み止めと防臭剤程度しか使えない。これを発表するのが宮中顧問医のジーゲリウス教授である。それに対し、貧民を治療している「保険医」が、何かの偶然で、この病気を治療する薬を発見して、好成績を上げる。その医者は、ペルガモン出身のガレーンという(笑)。ガレーンは、その新薬を教えることと引き換えに、自国も含めて各国が永久平和条約を結ぶように要求する。軍需産業の社長や国を率いる元帥などは、最初はガレーンの申し出を受け付けないが、自分が「白い病気」にかかると、その要求を呑む。イギリスをはじめとするほかの国は、平和条約を結ぼうとし、ガレーンの国もそれに乗りかけるが、ガレーンは戦争を望む愛国の暴徒に殺されて、その薬は失われてしまう。

「特定の疾患に対するワンダードラッグ」を素材にした文学作品。そのワンダードラッグが成人病というのは、それ自体として面白い。医学史の研究者が知らなければならないディーテイルがたくさん詰まっている。上演されるといいんだけど。