アフリカの眠り病


ベルギー領コンゴのアフリカ・トリパノソーマ病対策の歴史を論じた書物を読む。

 眠り病とツェツェ蝿。何かは忘れたかが、子供の頃に読んだジャングル冒険物語に出てきた二つの言葉である。妖しい恐怖とスリルがある言葉だった。熱帯の魔手から逃れながら、身を危険にさらして行われる崇高な冒険はロマンティックだった。

 話が本格的に始まるのは1900年くらい。ベルギー領コンゴ(当時はコンゴ自由国)で、トリパノソーマ病の大流行があって、25万人ほどが死んだと推定される。当時は原因も感染経路もよく分かっていなかった「眠り病」は、ベルギー国王レオポルドI世の要請で、設立して数年のリヴァプール熱帯医学校などから医学者たちが送り込まれて大規模な調査の対象となり、「トリパノソーマ病」となる。人の生活圏とツェツェ蝿の生活圏が出会う水辺、それもサヴァンナから森へと移行する環境の移行地帯のあたり(このあたり、実は何のことかよく分かっていません・・・)、断片的な感染の焦点を作り出す病気である。病気が、ミクロなビオトープに散在しているあたり、日本の住血吸虫と少し似ているかもしれない。

 トリパノソーマ病の社会環境史というのもきっと面白いのだろうけど、この本の主眼はむしろ対策の方にあって、こちらもとても面白い。大枠で言うと、防疫線を張って人々の移動を制限するというスペイシャル spatial な分割政策は常に一定であった。しかし、1900年から1930年代までに、対策の中心は大きく変わっている。1. 初期の強権的隔離政策 2. その緩和と外来クリニックの経営 3. 第一次大戦中の移動禁止の緩和 4. 村落調査の徹底 という段階をたどって変遷している。強権的隔離から、その緩和へ、そして社会医学的調査へ、という流れは、まるで日本の公衆衛生の流れのパロディである。 

 一つ、この本の流れとはあまり関係がないが、ものすごく面白いエピソードがあったので報告しておく。この病気には、精神障害の症状がでる。それを、ベルギーの精神病院で仕事をしたことがあった医者が観察して、「ヨーロッパの精神病患者たちは個性的だから、妄想もばらばらだけれども、アフリカの精神病患者は誰もが一つの同じ固定観念を持つ。だから、アフリカの精神病院では、患者がまとまって暴動を起こしやすい」というような意味のことを書いているそうだ。 ・・・なるほど。 


文献は Lyons, Maryinez, The Colonial Disease: A Social History of Sleeping Sickness in Northern Zaire, 1900-1940 (Cambridge: Cambridge University Press, 1992). 
画像は・・・もちろんツェツェ蝿!