侵襲的精神医療の悪夢?

 20世紀前半の精神医療における身体療法(妙な言葉だけど)についての研究書を読む。

 20世紀の前半は、精神医学がもっとも侵襲的になった時期である。あるいは、患者の身体に強烈な変化を起こして治療を達成するという意味での「ヒロイック」な治療法が全盛を極めた。マラリア発熱、インシュリン昏睡、電気ショック、そして極めつけのロボトミーと、侵襲的な治療法が踵を接して発明された。これらの治療法の話は、いま読んでも鳥肌が立つ。授業でロボトミーの話をすると、教室が水を打ったように静まりかえる。

 これらの治療法を、現代の精神科医は憐れみの目で見下しつつ正当化し(「当時は効く治療法が他になかったんでしょうね~」)、イエロージャーナリズムは糾弾する(「科学の名の下に患者の人権は踏みにじられた!」)。そして、二つの立場が不毛に対立して論争する。論争ならまだいい。そこにいない敵に吼えて見せて仲間意識を確認する手段にすら使われている。

 幸いなことに、この10年ほどの精神医学史研究では、この二つのナイーブな立場の対立が乗り越えられつつある。「なぜ、当時の基準で言って過激な、これらの治療法が採用されたのか」「これらの治療法は、具体的に何をしたのか」という問いを正面から取り上げた一流の研究書を我々は二冊も持っている。一冊が Jack Pressman の Last Resort、もう一冊が、今日読んだ、Mental Illness and Bodily Cures である。 

 Braslow の本は、沢山の大事なことを言っている。その一つ一つをここで紹介すると、長くなりそうだからやめておく。彼の素晴らしい分析のもとにある発想はわりとシンプルなもので、小難しい方法論ではない。「治療」と「拘束」の区別の難しさという、近代以降の精神医療に常在する根本的な問題に着目したこと。精神医療にとって根本的な単位である「症状」(あるいは「行動」)に着目することで、医者と患者の双方を分析の中に織り込む枠組みを作ったこと。この二つの出発点と、いい資料さえあれば、これだけの傑作が書ける。 

文献は Braslow, Joel, Mental Ills and Bodily Cures: Psychiatric Treatment in the First Half of the Twentieth Century (Berkeley: University of California Press, 1997).